[ STE Relay Column : Narratives 224]
東 治臣 「私は何者なのか」

東 治臣 / 早稲田大学経営管理研究科

[プロフィール]東京電機大学大学院の画像処理研究室で学んだ後に、富士フイルムグループ4社にてソフトウェアエンジニアとして画像処理系R&Dや大規模アジャイル開発プロジェクト等を経験。リコーではマネージャとして新規事業開発室の立ち上げに参画して、リーンスタートアップやデザイン思考を実践した社内起業組織のCEOも担当し、製品化を実現。リコー中央研究所ではゼロから立ち上げた工作機械の故障予兆システムR&Dのソフトウェアチームをリード、後に製品化。本田技術研究所ではロボティクス領域のソフトウェアプラットフォームの企画・戦略立案を行うとともに開発責任者及び4つのスクラムチームをプロダクトオーナーとしてリード。Hondaとして初めてロボティクス領域のソフトウェアコンセプトを対外発表(CES 2019)。また、研究成果を公開してロボットのOSSコミュニティに貢献。30件以上の特許を出願。現職のAWSでは2020年よりエンタープライズ企業の新規事業創出に伴走するInnovation Advisoryとしてコンサルティング業務に従事。2022年にWBS入学。


■はじめに
牧ゼミ6期生 海外スタディツアー(2023年9月7日〜9月14日)で、牧さんとも関係の深いサンディエゴを訪問しました。2018年から開催されているゼミのスタディツアーとしては、今回が3回目のスタディツアーになります。

2023年10月時点で、今回のサンディエゴ訪問のスタディツアー全体に関してはひろちゃん(加藤 寛崇 「サンディエゴ探訪−ヒト・モノ・カネと、その背後にあるパッション」)、サンディエゴ・エコシステムに関してはゆめちゃん(甲木(内堀)夢弥 「サンディエゴ・エコシステムを探る」)、サンディエゴでお世話になった方に関してはまるちゃん(丸川 友幸 「あり方”の探求: 場所を変え、人を変え、そして牧さんを理解する?」)、早稲田大学 創造理工学部 大森研究室の観点からは清水さん(清水 健 「サンディエゴ訪問を通じて」)がまとめて下さっています。

私の観点からは、今回のサンディエゴツアーを通した体験と牧さんのメッセージをベースに、自分自身を振り返った「私が何者であるか」について記述したいと思います。サンディエゴツアーの中で出会った方々に、なかなか上手く伝えられなかったことも含めて、改めてこのコラムを通して「私は何者なのか」を思い出して頂ければ幸いです。また、これから出会う人達に少しでもそれを伝えることができればと思います。

■海外で活躍するサイエンティスト
修士論文発表会では”Ph.Dを持ったサイエンティストが納得するような発表を行う”というプレッシャーの中で、ゼミ生が作成中の修士論文(プロトタイプ)の発表を行いました。

6名の発表会コメンテーターの松本さん(ミッキーさん:Ph.D、ニューロサイエンス、創薬ベンチャー)、林さん(MD/Ph.D、研究者、UCSD、SING)、猿渡さん(Ph.D、通信技術、UCSD Dinesh研究室)、浅原さん(Ph.D、高エネルギー宇宙物理学、USベンチャー、ソフトウェア)、三谷さん(Ph.D、ニューロサイエンス、UCSD、Google Helthソフトウェア)、新井さん(牧さんと大学ゼミ同級生、JINS US社長、USベンチャー))はPh.DやMDを持っており、サンディエゴらしい学際的な人が集まった環境の中で発表会が行われました。

私の修士論文(仮想ペットアバターの触覚体験が心理的な癒やしに与える影響)発表の中では、進捗報告に加えて、MBAの次のキャリアとしてPh.Dを目指したい旨の宣言を行いました。そして、豪華なコメンテーターの皆さまから、下記のようなフィードバックを頂きました(意訳も含めて少し柔らかく記述させて頂いております)。

・「リサーチクエスチョンは自明ではないか?触覚だけでなく嗅覚なども交えて、メトリクス化できると面白いのではないか?」
・「アカデミアとしては自明だから、もう(システムを)作った方がいいのではないか?」
・「最初の5分くらいを聴いていて、スタートアップピッチを聴いていると感じた。Ph.Dに進む必要があるか?プロトタイプを作ってフィードバックをもらうといい。」
・「ペットの話はビジネス、人間の話になってくるとアカデミアかもしれない。いろんな議論が起きそうな気がする。」
・「修論テーマやPh.Dはともかく、このような想いを持っている人がどのようなキャリアを歩むと良いか?はこの後のBBQの中でも話せるといい。」

第三者にフィードバックをもらうときは自分では考えつかない視点があって、新しい発見と共に「どんな反応があるだろうか…」といつもドキドキしています。コメンテーターの皆さまからの全てのフィードバックは、初めてお会いするにも関わらず厳しくも建設的でした。そして、論理的であり、批判的であり、創造的であったと思います。本当にありがとうございました。

また、BBQの中では「人類の記憶体験を残すこと」についてコメンテーター以外の方からもフィードバックを頂き、修論の先の未来も含めて、時間を忘れるくらい熱く議論させて頂きました。

そして、頂いた修士論文へのフィードバックやBBQの中での議論は、未来に向けた新たな挑戦の確実な一歩になると考えています。今後、何かしらの形でフィードバックに還元できるよう、進捗や成果を論文発表やSNSなどを通して発信していきたいと思っています。

■海外で働く人たちのマインドセット
牧さんが今回のスタディツアーで伝えたかったメッセージに下記のようなものがあります(修士論文発表会後のBBQでのメッセージ)。

「実力って何かという話があるんですけど、日本社会ですごいねって言われてもダメなんですよ。アメリカ社会ですごいねって言われる人だけがすごいんです。」

牧さんのメッセージは切り抜きになってしまっていますが、実際は前後の文脈もあり、また、スタディツアーやゼミ活動を通して、メッセージの真の趣旨としては「グローバル社会で生き残れるキャリアのヒント」を伝えてくれていると理解しています。

今回、サンディエゴで活躍している日本人の方と出会う機会がたくさんありました。特に現地で仕事やポジションを持たれている方々は、それぞれに核となる軸を持っており、日本と異なった厳しい環境でも生き残っている状況かと思います。スタディツアーでは、その背景にあるマインドセットや行動原理を実際の出会いや体験を通して感じることが大事だったのではないかと思います。

ちなみに、UCSD Jacobs School of Engineeringを訪問した際に見学したFallen Star(校舎の屋上に設置された傾いた家)は、核たる軸の象徴だと感じました。個人的には「異なる文化・環境の中で自分を見失わないで生き(残る)こと」を示している印象を受けました。Fallen Starの家の中にはシャンデリアがあって、空間全体が傾いている違和感の中、シャンデリアは重力に従ってまっすぐに吊るされています。

このシャンデリアは、世界中から人が集まる民族・文化や考え方・スキルの多様性という環境の中で、自分が何者かを知り、それを示すような存在として表現されていると思います。そして、シャンデリアが軸を維持するための重力こそが「私が何者であるか」を示していると思います。

ここで、私にとっての重力は「新しいことへの挑戦」です。

サンディエゴで出会った世界で活躍されている方々は、新しいことに挑戦して成功した後にも、継続的に新しい挑戦を繰り返していました。そして、それを象徴するサンディエゴの訪問先やUCSDのFallen Starのようなランドマークによって、私なりに海外で働く人たちのマインドセットを解釈して整理することができました。

■牧さんとPh.D
牧さんからUCSD Rady School of Managementのある夕陽に照らされた渡り廊下の上で、Ph.D学生の頃のエピソードを伺いました。

「この渡り廊下は夕陽がとても綺麗なんです。でも、”この夕陽”は嫌いです。UCSDでPh.D学生だった頃に何度もこの渡り廊下を歩いたんです。指導教員から博士論文への厳しいフィードバックをもらって、憂鬱になりながら(!?)。この夕陽に照らされて。」

体験と記憶が見事にSyncして残っていることは牧さんらしいと思いました。

何かを始める時、それが自分にとっても初めての挑戦であるほど大きな壁にぶつかると思います。簡単に乗り越えられないからこそ意味があると思います。自分の未来を選択して乗り越えるべき壁を置くのも自分ですし、その壁を乗り越えるのも自分だと思うと結局は自分次第であると思えてきます。つまり、その行動につながるマインドセットが重要だと思います。

そして、牧さん自身もUCSDでPh.Dを取得するという新しい挑戦を通して大きな壁を乗り越えて、今のキャリアを形成されているわけです。その時の脳裏に記憶された体験が、渡り廊下の夕陽になって記録されて思い出されているというわけです。

夕陽にはたくさんの物語があります。

牧さんにはサンディエゴでの高いQOLを示すための夕陽があります。この夕陽は、景色的な美しさだけではなく、”近しい人とこの場所に集まり、自然体で過ごすことができることに価値がある夕陽”です。サンディエゴの海岸沿いにあるJRDN Ⅲでウイスキーを片手に見た夕陽は牧ゼミのゼミ生と一緒に見たことに意味があったと思います。

何年か経った後に、その時の脳裏に記憶された体験がその当時を思い出させてくれる記録体験のランドマークになると思います。

■私が何者であるか…
UCSD訪問にあたって、猿渡さんに自己PRスライドを添削して頂く機会がありました。猿渡さんからは本当に多くのストレートなフィードバックを頂き、自分がどのような特徴を持っていて、どのようなPR要素がありそうかを深掘る機会をご提供頂いたと思っています。猿渡さんからは「自分だったらこう書くよ」というPRスライドのサンプルまで作成頂き、直接対面の面識が無い中で、本当に親身になって向き合って頂いたと感じました。また、ご自身の研究室内(UCSD Dinesh Lab.)で私をご紹介頂く際に信頼を失わないような観点(ネットワークを作っていく観点)でも、厳しくレビューして頂いたと思っています。また、猿渡さんのマインドセットや行動から、今回のスタディツアー準備に当たって、細心の注意を払って信頼のあるネットワークを作っていくことの大切さの一端を感じることができました。この場を借りて改めてありがとうございました。

猿渡さんとの検討の結果、自己PRとして浮き彫りになった新規R&Dを印象付ける成果として”発明”があります。これまでのR&D活動を通した特許創出状況(主に情報通信、ロボティクス)を調べてみると、これまでの特許創出・出願数は83件(共同出願・海外出願含む)、特許登録数は35件、審査中は48件(審査未請求含む)ということがわかりました。

また、キャリアとしては、ソフトウェアエンジニア、プロダクトオーナー、新規事業ディレクター、社内起業組織のCEO、マネージャなどを経験してきていますが、より大きな観点からは「テクノロジー×ビジネス×デザイン + α」のキャリア形成をしたいと考えています。ちなみに”+α”は今回のスタディツアーでの出会いや学びのような自分では辿り着けない世界を意味しています。私は「テクノロジー×ビジネス×デザイン + α」を軸に新規R&Dによって創出する価値を人の役に立てたいと思っています。

私が何者であるか…

”新しいことへの挑戦者”です。

この2年間はビジネスの観点からMBAにチャレンジしてきました。そして、次のステップでは新たな挑戦としてテクノロジー×デザインの観点からPh.Dにチャレンジしたいと考えています。そして、理想的には、企業で働きインダストリーでイノベーション実現にチャレンジするだけでなく、アカデミアにも貢献する形で、次世代の人たちと一緒に、新しいことに挑戦し続けていけるような環境に身を置きたいと思っています。

2023年10月21日に慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 後期博士課程に合格しました。新たなチャレンジとして「人類の記録体験のリデザイン」をテーマにARやHaptics技術などを用いたR&Dを行う予定です。

いつかは自分のキャリアと軸の行動原理とマインドセットが、少しでも他の人の役に立ち、次の世代が未来を考えるヒントになればと良いと思っています。

そのためにも継続的に新しい挑戦を始めたいと思います。


次回の更新は2月16日(金)に行います。

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