[ STE Relay Column : Narratives 222]
加藤 寛崇 「サンディエゴ探訪−ヒト・モノ・カネと、その背後にあるパッション」

加藤 寛崇 / 早稲田大学 大学院経営管理研究科

[プロフィール]医師。専門領域は内分泌代謝・栄養学。日本糖尿病学会専門医、日本医師会認定産業医。急性期病院で内分泌代謝疾患の専門外来・入院治療や一般内科診療を通じて豊富な診療経験を積む。超高齢社会、社会保障費の増大といった日本が直面する課題に取り組むため、予防医療やポピュレーションヘルスに関心を持ち、健康増進の啓発活動を産業医として開始し、独立へと至る。医療の枠を超え、公衆衛生や産官学連携に関連する社会経済の知識を深めるため、早稲田大学大学院経営管理研究科に入学。
臨床業務での二次予防・三次予防と産業医業務の一次予防を組み合わせて、企業の従業員と医療機関とのシームレスな連携を実現すべく、日々活動している。

■はじめに
2023年9月6日〜9月14日(日本帰国:14日)の期間、ゼミのスタディツアーとしてサンディエゴを訪れた。サンディエゴのエコシステムに関して、以前に前職の上司から話を聞いており、今回その地を実際に訪問することができたのは非常に感慨深かった。
今回STEコラムを書く機会を得たので、学びや気づきを綴ることとした。この内容は1週間の訪問を通しての私の主観的な感想に基づいており、客観的な根拠等は特に考慮しないでいただきたい。記載は2023年10月上旬のものである。

■概要:サンディエゴのエコシステム
サンディエゴについて馴染みのない人向けに、サンディエゴという土地と特徴を簡潔にまとめる。
サンディエゴは、カリフォルニア州でロサンゼルスに次いで人口の多い第2の都市である。
1年を通して温暖な気候で、白い砂浜のビーチ、米有数の海軍基地が有名である。
サンディエゴは今や全米有数のスタートアップ支援地域で、2021年のベンチャー投資額が90億ドルを超える。業界分野別では財布サイエンス分野のスタートアップに対する投資が全体の75%(2018年)を占める。(出所:JETRO 2020, 南カリフォルニアのスタートアップ・エコシステム, p.13-19)サンディエゴのエコシステムは、この地域のベンチャーキャピタルや投資家からの資金提供によって成長している。これにより、多くのスタートアップが資金調達を行い、研究開発やビジネス拡大を実現している。

サンディエゴでは、UCSDを中心としたエコシステムが構築されている。UCSDの周囲には一流の研究機関が位置しており、医学分野だけでも、スクリプス研究所(The Scripps Research Institute)、ソーク生物学研究所(Salk Institute for Biological Studies)、サンフォードバーナム医学研究所(Sanford Burnham Prebys Medical Discovery Institute)などが存在している。
また、イノベーション推進の仕組みとして、Connect, Biocom, San Diego Venture Group など、地域のイノベーションをサポートする組織や団体が活動しており、これらの組織が、ネットワーキングイベント、教育プログラム、資金調達のサポートなどを行い、エコシステムの発展を後押ししている。
産業クラスター形成の背景については割愛するが、良い文献が多数あるためもし興味がある人はぜひ参照してみてほしい。

■ツアーの目的
ここから本題に入る。このスタディツアーは、牧さんがUCSDで教鞭を執っている期間に我々ゼミ生がサンディエゴへ足を運ぶもので、サンディエゴのエコシステムを主体的に学び、グローバルな視野を持ち、自分たちのキャリアや価値観の再構築を目標としている。私自身、このスタディーツアーにおける目的として以下の3点を設定していた。
1. サンディエゴのエコシステムメカニズムを直接現地で観察・学習すること。
2. 現地で活躍する人々とのインタビューを通じて、異なる価値観に触れること。
3. グローバルな視野を持つ方々とのネットワークを拡張すること。

■今回の主な活動
UCSDでの講義「Innovation to market」の最終審査員と、現地の牧さんのネットワークを中心とした研究者や実業家へのインタビュー、交流が主な活動である。

■学びのポイント: ヒト、モノ、カネ

「ヒト」
サンディエゴのエコシステムの中核を成すのは、UCSDを中心とした強力な人的ネットワークである。例えば、滞在期間中にUCSDで開かれたイベントでは、異なる背景を持つサイエンティストたちが熱心に意見交換をしており、その熱意には圧倒された。このような環境は、新しいアイディアやコラボレーションのきっかけとなり得る。そして、このように築き上げられた個人的なつながりは、アメリカ国内の寄附文化の形成に寄与していると考えられる。
また、アメリカなだけあって、日本と比べて非常に人種多様性に富む。このことはイノベーションを起こす環境として好ましいと考えられる一方で、日本のようなハイコンテクストのコミュニケーションが成立しにくいという側面を持つ。明確に意見や要求を伝えなければ、相手にその意図を伝達するのは難しい。これをビジネスの文脈で考えると、訴訟リスクに影響を及ぼす1つの要因として捉えることができる。この点は日本人にとってギャップを感じやすいと思われる。
将来的に生成AI技術の進化によって高精度の同時通訳がタイムラグなしに可能になったとしても、人が自身の言葉・表現で交流しあうことの重要性は変わらないだろう。私の英語力の限界を感じつつ、人間の言葉の深さやニュアンスをAIで完全に置き換えることの難しさを痛感した。

「モノ」
UCSDを中心として、非常に充実した研究施設が密集しており、これらの施設は密接に連携している。このような特徴は、発展したエコシステムを持つ他の地域と同様である。
社内設備に関しては休憩室やキッチンが充実しており、社員同士がコーヒーブレイクなどを通じて気軽にディスカッションできる環境が整っている。日本の外資系企業のオフィスにも同様の設備は存在するが、日本人の割合が多いためなのか、気軽にディスカッションをする雰囲気が少ないと感じることが多い。そのため、企業風土には差異を感じる。
 日本の医学領域においても、近年徐々に変わりつつあるものの、未だにクローズドイノベーションの価値観が根強く残っている研究機関は多く、このような風土・文化は日本に積極的に取り入れていく必要があると考えている。

写真:研究室に隣接したキッチン@AVALON BIOVENTURES

「カネ」
サンディエゴで特に印象を受けたのは、投資や寄附の文化の浸透具合である。個人間のネットワークと信頼によって巨額の投資や寄附(エンジェル投資)が行われ、それがうまく循環してネットワークやコミュニティの活動を活発にし、イノベーションを後押ししている。その上、日本との間には金額の規模において圧倒的な差がある。この文化の存在は、エコシステムの発展において非常に重要な要素の1つだと感じた。
日本にも資産家は存在するが、このような寄附の文化が充分に浸透しているとは言えない。現在UCSDで研究に従事している、日本の医師免許を持つTomoko Hayashiさんはこのようなことを指摘していた。「日本の医師の世界では、お金儲けは悪いことという価値観や、医師がお金の話をするのは不適切だという風潮が根付いている。」これには全く同じことを私も感じており、この風潮が日本のライフサイエンス領域におけるエコシステム発展を阻害する一因ではないかと危惧している。EBM(Evidence-Based Medicine, 注: WBSの授業名ではない) と利益は相反する概念ではない。
近年、日本でも多様な働き方が許容されるようになりつつあり、医師免許を持つ起業家も増えてきている。このような人が良い形で成功を収めて新たなロールモデルとなれば、現在の日本の風潮も徐々に変わっていくのではないかと思っている。

■パッションはボーダーレス
今回サンディエゴでインタビューした方々は、皆、強いパッションと明確な目的を共通して持っていた。自分がどうありたいか、何を達成したいかという思いを言語化し、それを周囲に積極的に伝えることで、他人を魅了し巻き込む力を持っている。まさに「アントレプレナー」と呼ぶに相応しい方々ばかりであった。以下、特に印象的だったコメントを個人的なエピソードを添えて二つ挙げたい。

➀バイオテック企業のArialys Therapeutics社のCMOであるDr. Carroleeは、元々内分泌内科の臨床医(偶然にも私と同じ専門領域で親近感を抱いた)であり、現在の活動について英語でこう言っていた。「私が臨床から研究に活動を移したのは、目の前の患者だけではなく、もっと多くの患者を救いたいと思ったから」
これは自分が東京大学大学院博士課程に在籍していた時代、懇親会の帰り道で私が当時の准教授(現教授)に何故研究の道で生きていこうと思ったのか問いかけた時の回答と全く一緒だった。生まれた国、育った環境は全く違っても、同じ道を目指す人のパッションに国境は存在しないのだとこの言葉を聞いた瞬間に強く感動した。

➁Arialys Therapeutics社の設立者&CSOである松本さんは、「(現在の事業活動を行う場は)サンディエゴじゃなくても別に良い」と言っていた。裏を返せば、自分の目指すゴールにとって、最も適切な(少なくとも限定合理性のある)場所がサンディエゴだったからこそここでの起業を選択したと解釈することもできる。
創薬領域においては、初期投資額が非常に大きく収益化までの期間も長いため、VCから資金調達するまでに資金ショートしやすい。そこで、初期段階(シードステージ)で巨額なエンジェル投資を得られやすい環境は特に重要であり、既にライフサイエンス領域のエコシステムが確立され、多くの条件が揃っているサンディエゴは、そのため非常に魅力的なエリアと言える。
松本さんは、明確な目的と強いパッションを胸に、日本を離れてサンディエゴに拠点を構えている。このような行動力と強いパッションを持ち合わせた方が日本で起業してくれるような魅力的な環境を国内に構築したい、というのが私の目標の1つでもある。今回のスタディツアーの経験は、自分のパッションを思い起こさせるきっかけとなった。

■スタディツアーを通じての新たな発見
牧さんはスタディツアー開始前から、日本とアメリカを対比する時に、「アメリカに行ってドルで収入を貰って生きていけない日本人はダメです(ほぼ原文ママ)」と口癖のように我々に言っていた。
この意見に対して私は批判的に捉えていた。その理由は以下の通りだ。
日本の人口減少とグローバル化の進展を考慮すると、国内のみでのビジネスは確かに今後難しくなっていく。だが、自分の夢や目標が日本国内でのものであれば、特に海外(アメリカ)での就職や外貨を稼ぐ必要性は感じない。むしろ日本人であれば生まれ故郷である日本に貢献して欲しいと思う気持ちもある。更に、多くの先進企業がアメリカにあり、アメリカでの就職が多くの人にとって魅力的なのは確かであるが、日本にも世界で活躍できる優秀な人材は数多くいる。また、日本人がアメリカでの就職に直面する難しさと同じく、アメリカ人が日本の企業に就職するのも困難であるという事実を私は知っている(そしてその大きな理由の1つは言語と企業文化の壁である)。つまり、アメリカで働いている日本人=優秀なすごい人、というのは一種の生存者バイアスである。

しかし、サンディエゴから日本へ帰国した後、この発言の意味を俯瞰的に捉え直してみると、以下の面白い示唆を自分なりに得ることができた。
進行するグローバル化の中で、グローバルスタンダードに基づく思考と意思決定の能力は不可欠である。そして、文化的背景が異なる相手同士で理解しあい、尊敬されるような人間力を培うことは自分の生き方の幅を広げることに繋がる。そのためには、自分が強いパッションを感じる「何か」を明確に言葉にし、国境を越えて最良な環境を探求し、それを具体的な行動に移すことが重要である。
「日本人がアメリカでドル建ての収入を得る」ことは、上記の全てを具体的に実現した一例と言える。前述の牧さんの発言は、文字通りに受け止めるべきではなく、非常に文脈に依存するハイコンテクストな表現だった。(そして今思い返せば、牧さんはその補足内容を大方言語化していた)
サンディエゴでの経験を通じて、私の視野は更に広がり、異文化の中でのコミュニケーションの価値を深く再認識させてくれた。これまでの人生は、無意識のうちに人種や国境に縛られている側面があったと感じる。この気づきは、これからのキャリアにおいて大きな財産になると確信している。

■今回のスタディツアーの制限と限界
このスタディツアーで出会った人々は、UCSDを中心とした牧さんのネットワークを中心に構築されている。牧さんは中核となる役割を担っており、そのおかげで現地の人々との深い交流や、研究者・実業家の視点からのサンディエゴの特徴を伺うことができた。一方で、サンディエゴという地域全体を代表するものかどうかは、今回の訪問だけでは確定できない。また、その他の有名な地域(ボストンやLAなど)のエコシステムとの比較は行なっていない。交流会で出会ったJETROの方からは、LAのエコシステムも独自の特色があり活気に満ちているという情報を頂いた。将来的には、それらの地域の実地調査も行いたいと思っている。

■謝辞
今回のツアーで、事前の約束を取り付け、貴重な時間を割いてくれた以下の方々への感謝の意を表します。
PrecisePK & LUXE Bidet のMr. Anjum Gupta、LOOQのMr. Dominique Meyer、HomeLabのMr. Julio de Unamuno IV、Mr. Alexander Frey、UCSD客員研究員の猿渡俊介さん、Arialys TherapeuticsのMr. Mitsuyuki Matsumoto、Dr. Carrolee Barlow、Mr. Mathew Mitchell。
修論発表後の交流会やIGE Fall Kick-off Mixerに参加して交流いただいた皆様、そして突然の訪問にも快く応じてくださったUCSDの教員・学生の皆さんに深く感謝いたします。
そして、牧さん、大森さん、清水さん、そして一緒にツアーに参加したゼミの仲間たち、本当にありがとうございました。


次回の更新は11月3日(金)に行います。

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