[ STE Relay Column 045]
松田 大「牧ゼミでの一年間:自分は何をまなべなかったのか?」

松田 大  早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター 招聘研究員 / 中外製薬株式会社

[プロフィール]1979年生、北海道出身。東北大学大学院 薬学研究科修了。内資系製薬企業の薬物動態研究所に入社、分析バリデーション業務からキャリアをスタート。主にプロスタグランジンの超微量測定法確立に従事。その後、学術、営業企画(呼吸器、泌尿器、がん支持療法)、マーケティング戦略立案(がん、透析)を経た後に、中外製薬へ入社。オンコロジー製品の製品開発戦略の立案、戦略立案のプロセスマネジメント(主に環境動向分析、疾患領域戦略、製品戦略のサポートなど)を経験、現在はカスタマーソリューション部で主にデジタルマーケティングの立ち上げを担当している。2019年3月 早稲田大学経営管理研究科夜間主総合コース 修了。2019年4月から早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター 招聘研究員。牧ゼミ1期生(部長、ニックネーム まつだい)、WBSヘルスケア部長。趣味はテニス、読書(主にノンフィクションを題材とした歴史小説。吉村昭、山崎豊子、吉川英治など)、ランニング(最長走行距離100キロ@SAROMA LAKE&OKI ISLAND)。好きな言葉は思邪無。

[イントロダクション]

みなさま、こんにちは。牧ゼミ1期生 ゼミ長の松田です。私は2019年3月、早稲田ビジネススクールを無事修了しました。私は2018年10月にすでにRelay Columnに寄稿しており、2度目の投稿となります。前回のColumnの中でこれまでのキャリア、自分の思いや熱意など、全て洗いざらい心を込めて書き上げたつもりで、もう2年分の原稿は書いたなと思っていたのでありました。しかし、この度、光栄にも再度投稿の機会を拝受いたしました。正直な思いを申し上げますと乾いたタオルを更に絞る行為に近く、これこそまさにWBS名物”牧案件”(これが牧案件に該当するかどうかはDeanの判断を仰ぎたいと思います)ではないかと、途方にくれておりました。否、実際はそんな悲嘆にくれることもなく、いろいろ振り返って考えてみますと、WBSでの特に最後の半年間は内容が濃かったこと、様々なdotがつながり始めて心境の変化が見られた時期で、原稿の締め切りおよび文字数を大幅に超えるほど言葉にしたいことがありました。また、牧さんが学位授与式においてスピーチされた中において、『その時に大切なのは、「自分は何を学んだか」よりも「自分は何を学べなかったのか」ということを強く認識してもらうことだと思いました。』と述べられています。卒後のキャリアを考える上で、「自分は何を学べなかったのか」を整理することは重要です。そこで本稿では、牧ゼミでの活動、特に修士論文に執筆を中心にご紹介し、その過程や周辺で感じたこと、課題について述べさせていただきます。

[修士論文のテーマ設定]

私の修士論文のテーマは「アントレプレナー・オリエンテーションが製薬企業の臨床開発へ与える影響〜遠い空の向こうにある承認を目指して〜」です。
 私がこのテーマに対して取り組むきっかけとなったのはライフサイクルチームに所属していた時の経験が基になっています。通常、POC (Proof of Concept : 製薬産業では第Ⅱ相臨床試験において、有効性と安全性が示唆される結果が得られることを指す。) が成立した後の開発後期プロジェクトの製品障害価値最大化の戦略立案を目的とした、機能横断的なライフサイクルチームが結成されます。製薬企業のライフサイクルチームでは、多様な専門家がそれぞれの立場からのあるべき姿を主張します。例えば、研究側からはサイエンスのRationale、開発からは症例登録や試験デザインのFeasibility、薬事や生産側は規制科学の観点からの主張、メディカルからはKOL対策、マーケティングや販売からは競合やビジネスインパクトを重視した戦略が主に主張されます。当然、各機能の意見は統一された見解に落ち着かず、コンフリクトを産むことがあります。最終的にリーダーがチャレンジに対して「Go」と意思決定をする際にも、各機能からそれぞれの立場で慎重論が出る場合があります。このようなシチュエーションはどのような業界、仕事においてもみられるのではないでしょうか。当初、斬新で画期的なアイデアも社内の調整を通過したころには、そのトゲもすっかり抜けてしまい、面白みのない結論に落ち着いてしまうことがよくあるものです。一担当者、一機能の側からすれば、会議や根回しをすればするほどリスクが洗い出され、適切な解に近づいていくべきであると信じたいところですが、顕在化されたリスクにはミチゲーションプランが求められます。そんな調整に時間ばかりがかかり、面白みのない方向性に落ち着いて、競争にも出遅れることを幾度となく繰り返す。そんな自分の行動を振り返ってみると、実は潜在的に人の顔色をうかがいながら答え探しをしていたのではと思うことがあります。本当に社会にインパクトを残す業績を残すためには、プロジェクトマネジメントが徹底されるような大企業においてこそ、積極的にリスクをとる姿勢が求められると感じました。
 また、テーマ設定に着手するにあたりまして、もう一つきっかけとなったことがあります。それは2018年3月31日~4月1日に大分でゼミ合宿です。合宿ではゼミ生のレジュメ、修論テーマについて朝から深夜1時まで一日中籠って議論をしました。合宿の終盤に「October Sky」(邦題:『遠い空の向こうに』)という映画を題材としたアントレプレナーシップのケースディスカッションを行いました。映画の中で主人公のホーマーヒッカムは米国の田舎の炭鉱町で生まれ育った高校生で、将来は炭鉱夫になるかスポーツ推薦で大学の奨学金を勝ち取るかのいずれかしか選択肢がありませんでした。しかし、ヒッカムは空に輝く人工衛星を目にした瞬間に、自身でロケットを作製して宇宙へ飛ばしたいという強い思いを持つようになります。ヒッカムは信じられないことに当時宇宙科学の大御所であるフォン・ブラウン博士に直接手紙を送り続けます。また、周囲は無謀な挑戦と反対するのですが、彼は諦めることなく何度も実験を繰り返します。次第にヒッカム自身の知識や経験も蓄積され、ヒッカムの熱意の影響を受けた友人、先生、炭鉱の職員、家族、校長と徐々に応援してくれる人の輪が広がっていきました。そして、ついにヒッカムは米国の化学コンテストで優勝し、一流大学の奨学金を獲得し、その後NASAで勤務するという実話に基づいたサクセスストーリーです。私はこの映画のヒッカムの思いに強く影響を受けました。どんな仕事、状況においても自分がやりたいと思ったことを決してあきらめることなく、少しずつであっても前に進むこと、周りの仲間を味方につけ、大きなことを成し遂げることがどれほど素晴らしいことか。
 一般的にアントレプレナーシップというのはゼロからイチを生み出す人、スタートアップ企業およびグループの行動や思考のこととされています。したがって、アントレプレナーシップは新規事業を成功させた人、企業を中心に議論されることが非常に多くなります。また、アントレプレナーは現在この世にない新しい価値を創出しようとします。当然、周囲からの反発、規制の壁、ヒトモノカネのリソース不足、創業メンバーの価値観の相違など、数多くの障害を乗り越えて前に進まなければなりません。私はゼミの中で繰り広げられる議論を通じて、アントレプレナーシップはスタートアップやベンチャーのみならず、大企業にも通じるのではないかと感じました。
 以上2点の経験を踏まえて、大企業においてもアントレプレナーシップというのは必要なのではないかと考え修論のテーマに設定することにしました。

[分析手法、データセットの選定]

修士論文は当初から定量で書くものと思っており、データセットを探しました。何かエビデンスというものを示すためには定性分析ではなく、定量分析でなければ示すことができないと思い込んでいました。MBAの修論で大事なのは問いの面白さです。問いの面白さは定量だけではなく、むしろ定性分析から得られることもあります。今から振り返れば、その点はまず不十分であったと反省しているところです。
 次に分析方法です。製薬企業におけるアントレプレナーシップをどうやって分析しようか、問いを定めたはいいものの、どこから手を付けたらよいのかわからなかったので、アントレプレナーシップ研究の先行研究レビューを行うことにしました。まずは製薬企業のプロジェクトマネジメントを分析している論文を検索し読んでみました。しかし、機密性の高い情報が多いためかプロジェクト単位で分析している論文は非常に限られておりました。そんな中でKauffman財団が公表しているField of the Artというアントレプレナーシップ研究の総説やGoogle Scholarで検索していると、Entrepreneurial Orientationという概念を知りました。
Entrepreneurial Orientationとは、「企業が自身の行動や規範において、どの程度イノベーティブであり、プロアクティブであり、リスクを取る行動を有するかを反映する戦略論的構成概念」(Anderson, Covin, & Slevin, 2009)と定義されます。また、Corporate Entrepreneurship(CE)という概念もあり、CEが組織の”行動特性”であるならば、EOは組織の”志向性”というべき概念です。自分の関心はEOに近いと思いましたので、EOを少し深く掘り下げることにしました。
EOに関連する先行研究は非常に多数ありますが、製薬企業を対象に分析した研究は自分の知る限りありませんでした。また、EOを定量的に分析された研究も非常に限られていました。ただ、企業のAnnual Reportで得られる情報を基に分析した報告がありましたので、その方法を参照し、さらに製薬企業のプロジェクトのデータベースを組み合わせて修論に使うことにしました。
9月にサンディエゴで現地の日本人ネットワークの方の前で修論の進捗を発表した時には、多くの方から沢山のご意見をいただき、反響があったことがきっかけで楽しくなりました。自分の問いに対して人から反応が出る瞬間というのは嬉しくなるものです。その場にいらしたタナベ リサーチ ラボラトリーズ アメリカ インク CEOの櫻井さんからは、実際の臨床開発におけるリスク評価について様々な知見をいただくことができました。

[試行錯誤した分析の日々]

牧さんと議論を重ねていく中で、当初考えていたデータセットは途中で全て破棄しました。そして、より堅牢なパネルデータをゼロから作り直すことにしました。データセットを作り込む作業は極めて単調で時間のかかるものです。限られた時間の中で、不慣れなStataと向き合い、英語のマニュアルに四苦八苦しながら、ひと月半くらいかけたと思います。やっと新しいデータセットで分析できるようになったのが11月でした。
 ゼミや指導教員との議論は常に緊張感がありました。11月下旬のある日、牧さんにパネル分析の結果を持って研究室に訪れた時のことです。自分の中ではある程度手ごたえがあり、論文の方向性はおよそ決まっていました。しかし、議論の中で分析手法の不備を指摘され、その場で再度修正して分析した結果、これまで見られていた有意差が全て消えてしまった瞬間がありました。それを見て、「うむ」と一瞬満足そうな牧さん(笑)。かたや学生側としては頭が真っ白。まさに教員が悪魔に見えた瞬間がありました。その後、データセットをクリーニングするなど、最終的にはなんとか修士論文としてまとめることができました。
 特に今回の修論の取り組みで難しいと思ったのは、実務への示唆でした。ロバストなデータセットを作り、統計学的に適切に検討した分析から、結局実務へどのような示唆を与えるのか。そこには当初打ち立てたリサーチクエスチョンに対してどのような面白い解があるのか。正直なところ、自身の修論の中でまだこの問いに応えることが十分にできていないと思っています。後述する長谷川先生からの鋭い質問もまさにこの点を突く本質的なものでした。

[怒涛のプレゼン練習と修論発表]

2019年1月14日にゼミ生は修論を提出し、翌週からはプレゼン練習でした。牧さんからはフェイスブック上で連続でポストされ、さらに順番は全てのゼミの中で最後の中の最後の夕方で、隣の教室で他ゼミの発表もないゴールデンタイムでした。もっと言うと、入山先生の講義では、入山先生から「牧ゼミは入山ゼミのプレゼン方法を参考にしている(くらい熱心に取り組んでいる)」とありがたい励ましのお言葉をいただき、皆様から周囲の期待値(=ハードル)をすさまじく高めていただくことができました。
しかし、初回のリハーサル。出来栄えは期待値には程遠い状態でした。牧さんのフェイスブック上のポストにも「どうしてこんなに面白い研究やってるのに、その面白さが全く伝わらないプレゼンをするのか」とのボヤキが見られるほどでした(笑)。
 ここから一気に、学生と教員ともに発表に向けたスイッチが入った瞬間でした。そこから牧さんから学生に授けていただいた教材は膨大でした。ヴィジュアルに関する英語本2冊(なお、邦訳本の存在が後日判明。。。)、ハーバードのプレゼンテーションチュートリアル、慶応大学の井庭先生が作成された「プレパタ」カードなどです。練習の中で特に集中したポイントは初めの10秒の言葉、ジェスチャー、目線、歩き方でした。日頃、会社で行うプレゼンとは全く異なる手法で大変貴重な経験でした。
 当日の発表には支えてくれた妻、1期生のやす、定量分析を伝授くださった吉岡先生も聴講してくれました。結果的に多くの方から、牧ゼミの発表は非常に面白かったと言っていただけました。最後まで妥協することなく学生に向き合ってくださった牧さん、ゼミ生のじょーじさん、すんちゃん、ちーくん、うねちゃん、サポートしてくれた2期生の熱意に支えられていたからだと信じています。
 副査の長谷川先生から受けたコメントは非常に示唆に富む質問ばかりでした。「きれいな分析をしているが、このEOという概念はおよそ決着が着いている。そのうえで、あなたの研究から新しく示唆されたことは何か?」という質問を受けたとき、結局のところ、自身としてきちんと答えることができなかったと感じています。今後の取り組むべき大きな課題として残っています。
 あともう一点付け加えたいことがあります。ゼミ生の畝ちゃんは出産という一大イベントを同時に迎えながら走り続けました。特例としてオンラインでの修士論文審査が行われました。最後までご尽力された牧さん、1期生2期生のメンバー、当日も温かいサポートをいただいた事務局の方を含めて、畝ちゃんの発表を聞いていると、とても感慨深いものがあります。

[“Learning by Doing” 深圳との出会い]

 また、スイッチサイエンスの高須さんとの出会いは触れずにおくことができません。高須さんは「深圳の産業集積とハードウェアのマスイノベーション」という講義を今年から担当され、深圳のスタディーツアーでも大変お世話になりました。この講義では、深圳におけるハードウェアのイノベーションについて経営学的な観点から議論するというものです、自分の人生観に大きなインパクトを残した経験でした。全てを語ることは難しいので2点だけご紹介したいと思います。
1点目はグリッドロック理論(グリッドロック経済――多すぎる所有権が市場をつぶす マイケル・ヘラー)についてです。この世に権利が存在しない世界では、せっかく努力して新たな発明をしても、発明者が報われることはありません(コモンズ)。一方で、権利の主張が過度に行き過ぎる状況では、権利が細分化されるが故に使われなくなっている事実があります(アンチコモンズ)。現在はまさに権利が過度に主張されており、本来の価値を失っているリソースが、この世には沢山あります。限られたパイ(すなわち財)の最適な配分のありかたはその二つ(コモンズとアンチコモンズ)の間のどこかに存在するというのがグリッドロック経済の理論です。
 中国は模倣品が非常に多いと言われており、知的財産権に対する意識の低い地域(コモンズ)、一方、私の勤務している製薬産業は知的財産権がビジネスの根幹である(アンチコモンズ)であるとします。中国のハードウェアのような発明者の権利が保障されにくい世界では、新しい産業やイノベーションは起きないと思っておりました。しかし、中国のハードウェアのイノベーションと製薬産業の知的財産権のような両極端な世界のどちらにおいてもイノベーションは発生しており、むしろ知的財産権で固められた製薬産業のイノベーションが停滞しているという指摘もあります。特許は成立するまでに長い時間がかかりますが、中国のハードウェアの進展スピードは著しく早く、特許が成立したころにはすでにその技術は陳腐化しており、知的財産としての意味をなさない実情があります。中国で見たFake製品は西洋社会の特許というグリッドに縛られずに製品開発が行われています。さらにXiaomiに代表されるように当初Fake製品ばかりだったメーカーも、品質はすでに他メーカーを追い抜いています。つまり、社会に対して高い価値提供が実現できているともいえます。そうなると、結局、贋作は悪なのか、実際はそうとも明確に言い切れないのではないかとも考えられます。
 もう一点は最も学んだことはまずやってみること、“Learning by doing”です。講義の後にスタディーツアーで実際に深圳を訪問し、高須さんに案内してもらうという贅沢な機会に恵まれました。深圳では、ハードウェアの製造現場(JENESIS)、ベンチャー企業(1 More Company)、電気街(華強北)など幅広くエコシステムを見学しました。結果として私が感じたことは3つあります。まず一点目。深圳は下請け製造の街では決してありませんでした。至る所に高層ビル、高層マンションが立ち並び、街全体が高度にIT化されていました。朝の生鮮市場では、全ての店でWechat payで支払われていました。ゴミひとつなくて、オシャレでスマートな街でした。2点目は、どこも若い人で溢れておりました。大陸全体から若い人が深圳に流れ込んでいるためです。スーツケースを持った若者が街中にいました。彼らは職を変え、社員寮を離れ、次の職につく人々です。でも、そんな人々の顔はとても楽しそうでした。かたや、日本の陰鬱な満員電車って一体なんなんだろうか。相当考えさせられました。3点目は極めて優秀な人材の層が厚い街でした。高学歴で、英中日の3ヶ国語を流暢に使い、その上に残業なんか関係なくハードに働きまくるホワイトカラーがたくさんいます。さらに驚くべきことに、そんな優秀な彼らの賃金は日本人の半分以下です。どう頑張っても、私は生産性で勝つことができない。これも相当考えさせられました。高須さんと出会って、自身の活動量を大幅に引き上げなければならないなと最後に感じることができたことが非常に大きな収穫でした。

[MBAで学んだこと]

結局のところ、2年間のMBA生活を通じて培うことができたことは何だったんでしょうか。短期的な目線と長期的な目線で分けて考えてみたいと思います。
 短期的には、3点あります。1点目は経営にかかわる膨大で実用的な知識を習得することができました。自分が社長にならない限り培うことができない目線や知識、領域というのは必ずあります。MBAでは経営に関する最新の知識を一気に頭に流し込むようなスピードでこのような知識を習得することができました。ただ、大きな問題点があり、最新の知識は裏を返せばすぐに陳腐化します。また、知識は使わなければ忘却の彼方へ消えてしまいます。2点目は学んだ知識をなるべく早く活用するためのフットワークを鍛えることができた点でしょう。日頃の業務において問いの立て方、進め方には変化がありました。これまでの答え探しをしていたような仕事の仕方から、あるべき姿は何か、そのために何をするべきか、何を乗り越えなければならないかを深く考え、自信をもって主張するという方へ変化がありました。そして、3点目は学び続ける姿勢、マインドセットです。きっかけは牧さんが紹介されたあるブログ( しのごの録 2012-01-10 僕は自分が思っていたほどは頭がよくなかった )です。ブログの内容を引用すると、” 「頭がよい」というのは単に、「とても多くの時間と汗を費やしたので、難なくやっているようにみえるまでになった」ということを言い換えているに過ぎない。“という言葉があります。学び続けることが、当初超えられなかった壁を超えるための唯一の方法であるということです。
 また、長期的な目線で考えてみると、2つあります。人的なネットワークを広げることができたこと、科学的な思考法についてです。人的なネットワークについては長い目で見て人生の財産になるということに、特に異論はないと思います。しかし、科学的な思考法については同じMBAを過ごした人の間でも異見を持つ方もおられるかもしれません。しかし、過去に意思決定会議の事務局業務を担当し、Executivesの議論の経過を2年間間近で見ていた自身が経験を踏まえると、重要な経営の意思決定というのは科学的な思考法をベースに議論され合意形成に至っておりました。したがって、科学的な思考法というのは、フレームワークを単に覚えるだけでは乗り越えられない解のないビジネスの世界において、新しい一歩を踏み出すために必要不可欠なツールであると感じています。そんなことを考えるきっかけを掴んだと考えています。

[MBAで学べなかったこと]

では、タイトルにもあるMBAで学べなかったこととは何か?
こちらもあまりに多すぎて挙げるときりがないのですが、敢えて3点に絞ると、科学的な思考法、アート、Narrativeのそれぞれを深めることではないかと考えています。
 まず、科学的な思考法については、私はWBSの中で「WBS 博士号の取り方」というコミュニティを立ち上げました。元来、博士号というのはアカデミアの養成所です。しかし、先にも述べたようにビジネスの場においても博士号の重要性が高まっていると感じています。特に製薬産業では多くの博士号保有者が在籍し、研究からマーケティングに至るまで実に様々なフィールドで活躍しています。MBAを修了した後に、もっと科学的な思考法を深めるために博士号へ進むという道があってもよいのではないかと考えています。このような考えには現時点においても学生間でも教員間でも意見が分かれています。ただ、”Learning by Doing”、今動かなければ後に後悔することになると考えています。なお、この企画は3回シリーズで講演会を計画しており、はじめに相談させていただいた長内先生、佐々木達郎さん、牧さんの3名に講演いただきます。4月に開催した長内先生のご講演では40名近い学生が参加され、多くのWBS生が興味を持っておられました。多くの方にご協力いただいて成立するこのようなコミュニティを作ることができるのも先にも述べたネットワークの強みであるといえます。
 2点目のArtについては、最後になって自分に決定的に欠けていると感じました。M2の冬クオーターに入山先生の「トップ起業家との対話」という講義で、最後のゲストであったスマイルズの遠山正道さんの講演を拝聴したときです。遠山さんが「檸檬のお洋服」(檸檬ホテル )のエピソードを紹介されました。しかし、そのおっしゃる感性の部分は全く意味が理解できませんでした。しかし、周りの学生は頷きながら話に聞き入っている様子。理解できていないのは自分だけであったことに気がつきました。修了間際の最後の最後に大きな課題を突き付けられたような気分になり、これからも学ぶ姿勢は保っていかなければならないなと感じ入った瞬間でした。
 3点目のNarrativeについて。最後の集中講義であるVenture Capital Formationで、Prof. Phil Wickhamは自分のNarrativeを大事にすることと述べられました。Narrativeを日本語に表現することは難しいのですが、自分の人生のコンテクスト、流れ、ストーリー、生き様の背景にある価値観、フィロソフィーなどとでも表現されるのでしょうか。Narrativeは、変化によって決して揺らがない自分の軸になるものと理解しています。では、自分のNarrativeとは何か。実際のところ、まだ最適な表現を見いだせていないのかもしれませんが、最先端の技術革新を通じて、患者さんの不安、苦しみを少しでも安心させ和らげるための仕組みを作ることに自身の生涯を捧げる使命があると思っています。いつも周囲の環境は激しく変化し続け、それに合わせて自身のキャリアも大きく変化してきました。それでも、自分のNarrativeとは何か?常にその問いを心に置きとどめながら、これからも変化や濁流に飲まれながらも、使命に向かってブレずに生きていきたいと思います。

最後になりますが、2年間のWBS生活を支えてくれた妻、子供達、義父母に感謝の気持ちを捧げたいと思います。これからもよろしくお願いします。


次回の更新は6月14日(金)に行います。