[ STE Relay Column 044]
藤田 正典「『人の間』と『イノベーション』」

藤田 正典  / 東京工業大学大学院 総合理工学研究科 博士後期課程

[プロフィール]総合商社勤務。現在、東京工業大学大学院 総合理工学研究科 知能システム科学専攻博士後期課在籍。政策研究大学院大学 客員研究員。専門分野は、経営戦略、イノベーション・マネジメント、人工知能。
1987年、京都大学 電気工学第二学科卒業。2005年、筑波大学大学院 経営システム科学専攻修了。2015年、産業技術大学院大学 情報アーキテクチャ専攻修了。同年、国立情報学研究所 特別共同利用研究員。2017年、東京工業大学大学院 技術経営専攻修了。

1. アントレプレナー

「アントレプレナー」、私が就職先として総合商社を選んだキーワードでした。総合商社は一般にGeneral Trading Company(総合貿易会社)と訳されることが多いですが、大学で電気通信を専攻した私は、NTTやKDD(旧国際電信電話会社)ではなく、1980年代の通信自由化の波に乗って発起人として一早く新規通信事業に参入した総合商社で、企業内起業家を志したのでした。
勤務先では、20代に所属していた技術部という部門が、当時はまだベンチャー企業だった米国CISCO社の日本総代理店として立ち上げたスタートアップの会社に出向し、その後IPOするまでを経験しました。30代では、当時米国最大手のインターネットサービス事業者と日本でのインターネットサービス事業を企画して事業会社を立ち上げ、軌道に乗るまで出向しました。また、その後、勤務先の100%出資でデータセンター事業を企画し、取締役として事業立ち上げを経験しました。この時期は、(今でこそ当たり前ですが)データ通信が音声通信を超えて加速度的に成長する時代で、世の中ではエバンジェリスト達がインターネット、マルチメディア、eコマース、など、次々に新しいキーワードを喧伝してITブームに沸いており、私自身もエキサイティングな日々を過ごしました。
ところが、2000年を越えた頃、勤務先ではIT産業での新規事業の立ち上げをストップしてしまいます。それまで現場主義に徹し、新規事業の立ち上げに喜びを感じてきた私は、自分のエネルギーの向け先を見失いそうになりましたが、その後ビジネスを理論の側面から勉強したくなって、社会人大学院に通い始めました。大学時代に学習や研究の楽しさを理解することなく(幸運にも)卒業した私が、学習と研究の楽しさを知ることとなった(幸運な)瞬間でした。
昼間の職場での喧噪の後、世の中が休息する夜の時間帯のキャンパスは、各々が自らの志を持ってMBA取得を目指すクラスメートから成るコミュニティで、勤務先で以前ベンチャー企業を立ち上げた時に感じたのと同じ「アントレプレナー」の匂いのするエキサイティングな世界でした。その後も、社会人大学院生として、IS(情報システム)修士、MOT(技術経営)修士を取得し、人工知能分野で博士学位を目指すことになりましたが、それぞれのどのキャンパスでも「アントレプレナー」の匂いがするのでした。

2. イノベーション

「イノベーション」、私が就職してから目指したキーワードでした。言うまでもなく、イノベーションは従来とは違う革新的な手法で経済的または社会的価値を創造することですが、価値創造には、科学技術によるものに限らず、いろんなパターンがあると思います。
総合商社のような多角化企業に対しては、コングロマリット・ディスカウント(多角化による企業価値毀損)の批判が浴びせられることがありますが、一方で、様々な産業部門やビジネスモデルが集まっており、まさに「新結合(Neue Kombination)」の苗床のような会社であるとも言えます。(苗床で樹木を育て、実を結ばせることは容易いことではありませんが。)
勤務先での経験から、先端的技術での新規事業推進の成功要因や、多角化企業での事業モデルの成功要因など、個人的関心の対象はどんどん広がり、MBAやMOTではこれらの関心の対象をテーマとしてケースメソッドで研究しました。さらに、科学技術イノベーションやその政策策定への関心と、定量的研究手法の修得を目的に、情報学関連の研究機関の研究員にさせて頂き、科学技術文献の計量分析の研究を開始しました。
現在在籍する博士課程でも、科学技術文献の共著ネットワークを分析しファンディングプログラムを評価したり有望な研究者を抽出したりする手法について研究しています。また、製薬会社等の生命科学分野と情報処理会社等の計算機科学分野の研究機関のコラボレーションを推進する産学連携コンソーシアムに参加し、博士課程での研究成果の社会実装に取り組んでいます。

3. 「スター・サイエンティストと日本のイノベーション」との出会い

社会人になって30年以上経ちましたが、我々が豊かさを享受し、また誇り高く生きていこうとするなら、イノベーションを日常的に絶え間なく追及してゆく必要があると感じてきました。また、イノベーションを実現しようとする人間、つまりアントレプレナーの重要性も感じてきました。
そんな中、スター・サイエンティストの分析を通じて日本における科学技術とビジネスの好循環を構築しようとしている「スター・サイエンティストと日本のイノベーション」プロジェクトのメンバーの皆さんと知り合うことができました。その始まりは、研究・イノベーション学会の活動を通じて、隅蔵先生と原先生に出会ったことでした。そして、牧先生や長根先生、(別プロジェクトでもご一緒させて頂いていた)佐々木さんなど、研究メンバーの皆さんとのお付き合いが始まり、「スター・サイエンティストと日本のイノベーション」の第1回目の研究会で発表する機会を頂いたりもしました。(後に、牧先生は、私が最初に出向したスタートアップ会社でお世話になった慶応大学の湘南キャンパスの先生方と深い関係をお持ちであることも知り、世の中の狭さを感じることになります。)プロジェクトは個性的なメンバー揃いで、メンバーの皆さんからは常に刺激を頂いており、とてもおもしろい(=有意義な)集団です。早稲田のキャンパスに定期的に集まるとともに、WEB会議も活用し、議論を交わしつつ研究活動を進めています。また、様々な大学から集まる優秀なリサーチ・アシスタントの学生さん達が研究活動の支援を行っており、このコミュニティそのものがイノベーションを実現するアントレプレナー集団にもなれるのではと思います。
「スター・サイエンティスト」とは、研究者でありながら企業とも関わり、企業の業績を上げるとともに研究業績も上げる「好循環」を実践する科学者を指しています。知識はあるが、その知識を活かして変革を起こし何らかの価値を創造するエネルギーが不足しているケースや、変革をもたらして何らかの価値を創造するエネルギーはあるが、その何らかについての知識が不足しているケースなど、世の中でイノベーションを実現するに当たっては様々な課題があると思います。「スター・サイエンティスト」は、そのような課題の解決に向けて重要な示唆を与えてくれる具体的ロールモデルの一つで、彼・彼女らの特性を明らかにすることはとても重要な研究であると思います。
スター・サイエンティストの特性を明らかにすること、それがこのプロジェクトの目的なのですが、その特性を一括りで表現することは難しいかもしれません。例えば、ゲノム製薬などの生命科学分野では、研究成果を出すには、不確実性が高い標的分子やシード化合物の探索、長い研究期間を要する臨床実験などを必要します。一方、人工知能などの分野では、人間のニーズの理解や、製品のライフサイクルに合わせた短期間での研究開発が必要になります。このような分野ごとの特性の違いにより、スター・サイエンティストの特性も分野ごとに異なる可能性がありそうで、今後の研究課題と思っています。
私は、社会人大学院生としてささやかな研究経験しかありませんが、これまでの様々対面業界・事業モデルの現場経験も活かしつつ、「スター・サイエンティストと日本のイノベーション」プロジェクトに少しなりとも貢献できるよう頑張りたいと思います。

4. さいごに

「人間」という言葉は「ひと」の「あいだ」と書きますが、それは、「人」そのものを表すとともに、世の中で生きている「人と人の関係」も表しており、「人間」という言葉を通じ「人は本質的にひとりでは生きていけない生きもの」であることを先人達が示唆してくれているんだと私は思っています。人は支え合って生きていますが、それは落ち込んだ時に慰め助け合うといったことだけでなく、お互いに触発し創造のスパークを散らすことでもあり、「イノベーション」=「新結合(Neue Kombination)」を実現するための営みの本質でもあると思います。
私は既に50台になっていますが、人生100年、これからも、多くの方々と交流し、大いに学ぶとともに、地道に研究を続け、日本のそして世界のイノベーションにほんの少しでも貢献できたらいいなぁ、と思っています。やりたいことがいっぱいありすぎて、いつになったら達成できるのか分かりませんが、これからも私なりに頑張りたいと思います。


次回の更新は6月7日(金)に行います。