[ STE Relay Column 046]
林田 丞児「母校、大分舞鶴高校での『夢を拓くためのイノベーション創造ワークショップ』を終えて」

林田 丞児  早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター 招聘研究員 / 株式会社セル―ジョン

[プロフィール]1979年生まれ、大分県出身。大分舞鶴高等学校を卒業し、筑波大学に進学、卒業後に2002年に渡米。2009年にシカゴ大学大学院にてPh.D.を取得。卒業後、ニューヨーク市にあるスローンケタリング記念がんセンターで博士研究員として、糖鎖を利用したがんワクチン開発に携わる。2011年に帰国し、アステラス製薬株式会社合成技術研究所にて急性骨髄性白血病薬ゾスパタの鍵中間体などの工業化プロセス開発を担当。2016年に同社経営推進部に異動し、年度計画、予算管理、投資評価などの業務に携わる。2019年3月に早稲田ビジネススクールにてMBAを取得。同年4月に慶応義塾大学発ベンチャー株式会社セル―ジョンへ転職。執行役員として、同社の立ち上げに努めている。また、2019年4月から早稲田ビジネススクール招聘研究員に就任。研究者と経営者の橋渡し役として日本社会のイノベーション創出への貢献を目指しており、基礎科学技術のビジネス化、イノベーション・システムの構築、イノベーション・ファイナンスなどに関心がある。


早稲田ビジネススクール牧ゼミ1期生の林田です。今回のリレーコラムでは、まず2019年3月23日(土)に私の母校、大分舞鶴高等学校で実施したワークショップについて、報告させていただきます。そして最後に早稲田ビジネススクール卒業など近況報告と今後の抱負を述べさせていただきます。

ワークショップ概要について
「夢を拓くためのイノベーション創造ワークショップ」と名付けた今回のワークショップには約40名が参加してしていただきました。8割が高校生、残りが2割が早稲田ビジネススクール(以下、WBS)の学生と地元企業から参加者でした。高校生のほとんどは当時1年生、理系・文系比率、男女比はほぼ半々。高校生はほぼ全員が大学進学を希望しており、多くは地元もしくは九州圏内への進学を目指しています。東京などと都市圏への進学を考えている学生はいましたが、海外への進学を目指している子はいませんでした。将来、企業での就職を考えている生徒がほとんどでしたが、1人の学生はすでに起業を視野に入れていました。

ワークショップの目的は、次の3つでした。
1.大分舞鶴生とWBS生に多様な教育機会を提供する。
2.アントレプレナーシップ、イノベーションという流行語の背景と現状について、イベントを通じて体感してもらう。
3.思考の枠をはずし、大分舞鶴生のキャリア・オプションを拡大する。
この中でも重視したのは2番目、無自覚に作ってしまう自分の可能性を再考してもらうことでした。そこで、今回のワークショップは次の二部構成としました。

まず第一部は映画「遠い空の向こう(原題October Sky)」を教材として、アントレプレナーシップとは何かについて議論を行いました。講師はWBSの牧准教授でした。内容はアメリカの炭鉱で生まれ育ったホーマー少年がロケット開発を通じて、周囲の友人や教師、大人を巻き込みながら成長していくというストーリーです。物語を通じて、アントレプレナーに求められる諦めない心、周囲の巻き込み方、協力者の存在、開発ステージが上がるたびに代わっていく周囲の反応など、実際にアントレプレナーが接するような場面について学びました。それぞれの場面を取り上げ、主人公などの行動の意味を考え、議論するというセッションが行われました。

次に第二部はソニーで実際に新商品開発に携わった異色の経験を持つWBSの長内先生によって、商品企画法が伝授されました。新製品を考える際には、付与する機能や対象の市場規模だけではなく、顧客が馴染みやすい名前、コスト採算性、販売時のディスプレイ方法など一言で商品開発と言ってもさまざまな職種と専門性が協力しながら、作り出されていることがイメージできる講義でした。私が特に印象に残ったのは、企画から製造、販売までを一貫したストーリーが重要であることです。どんなに高品質、高性能をうたって作っても、家電量販で山積みされるようなディスプレイをした瞬間にその製品に対する顧客のイメージが崩壊してしまうという話はとても印象に残りました。このような商品開発法を座学で伝授された後、第2部の後半は実際に新しいボールペンの商品企画を行い、グループ発表を行いました。特別な記念として限定で作る一本100万円のボールペン企画、シャーペンやボールペン、筆ペンなどマルチ機能を持たせるボールペン、塾が販促用に配るためのユーザーには無料で提供するボールペンなど各グループとも、製品そのものだけでなく、価格設定や販促方法などユニークなアイディアに富んだ発表をしてくれました。

ワークショップからの気づき
今回のワークショップでの気づきは何といっても今の高校生のレベルが私の高校生の時よりも遥かに高いことです。ワークショップは、WBSで社会人向けに行っている双方向型の授業形式で行われました。双方向ですので、問われた質問に対して自分の意見を述べ、そのように考えた理由を論理的に述べる必要があります。一般の大人でも尻込みする人が多い中、高校生の彼らは各質問に対して積極的に答え、議論を展開することができていたことには、とても驚きました。私は以前、牧さんと一緒に大人向けの授業をご一緒させていただいたことがありましたが、その時の受講者よりも今回参加した高校生たちは遥かに積極的で、的を得た発言が多かった気がします。正直、同じことを私自身が高校生の時にできたかとは思いません。
また、習った事象を自分事に落とし込んで理解をする能力も高いように見えました。今回、初めてアントレプレナーという言葉を聞いた学生が多かったようです。1960年代のアメリカの田舎、しかもウェストバージニア州の炭鉱育ちのホーマー少年が主人公でしたので、自分事として捉えるのは少し難しかったと思います。しかし授業後にいただいたアンケートの中で、ホーマー少年は自分の好きな「約束のネバーランド」というマンガの主人公の行動に似ており、あれがアントレプレナーシップというものなんだ解できたというコメントいただきました。新しい事象と自分の知っている事象との関連性を見出し、結びつけ、理解する。これは受け身の学習ではなく、能動的に学習できている証拠です。私が高校生のときは、教科書や先生に教わったことは暗黙的に正しいと受動的に理解し、なかなか能動的な学習はできていたなかった記憶があります。よく最近の若い人や今年の新入社員は○○だと愚痴をいう人がいますが、総合的に最近の若者は私達の時代より遥かに優秀だと私は思います。こうした今の母校の後輩の現状を理解できたことは今回の大きな収穫の一つでした。

きっかけ
大分の高校生向けにワークショップを実施したきっかけは、牧さんが慶應SFCで実施した「(必修)授業では教わらない、世界の社会的課題を解決していくために、今高校生が学ぶべきこと」という高校生向けのイノベーション教育の授業について知ったことです。(授業の詳細と受講した花田璃久さんの感想をご覧ください。)私は多感な高校時代に教科書を越えた実社会で求められる能力に触れられる貴重な機会に恵まれた彼らを羨ましく思いました。そこで、都市部よりも保守的な傾向が強い大分県に住む母校後輩達には何かそのエッセンスに触れる機会を作れないかと思ったのが、今回のきっかけでした。

伝えたかったエッセンス
次に、今回のワークショップで後輩たちに持ち帰ってもらいたかったエッセンスを共有したいと思います。それは以下の3つです。
1.一歩踏み出してみること。
2.仲間を増やそう。大人や専門家を利用すること。
3.リスクをとらないことがリスクになりえること。
まず伝えたかったことは、「始めは全体の半ばである。」というプラトンの言葉がありますが、物事は妄想にふけていることから、実行に起こすことで初めて見えてくることが沢山あるということです。多くの人が頭で理解しても行えないことですので、それだけ一歩踏み出した人の前にチャンスが広がることを感じてとってもらう機会を目指しました。
2点目が仲間を増やすこと、大人を利用することです。特に、高校生の立場を利用するメリットについて伝えました。今回の講師の長内先生は大のソニー好きです。高校時代、ソニー好きが高じて、井深大社長に学校に講演に来てほしいという手紙を送ったそうです。そしたら、どうなったか。井深さんが本当に来校して、その講演会が実現したそうです。でも、もしその手紙を送ったのが、彼が大学生のときや社会人だったら、実現したでしょうか。このエピソードも含め、今の高校生という立場を利用することで動かせる大人の行動を意識して、自分帯にいろいろなチャンスが巡るように考えてみてくださいと伝えました。
 最後に一番伝えたかったことは、リスクをとらないことがリスクになるということです。Facebook社CEOマーク・ザッカーバーグ氏は次のような言葉を残しています。”The biggest risk is not taking any risk. In a world that’s changing really quickly, the only strategy that is guaranteed to fail is not taking risks.”激変する世の中に生まれた彼らは、変化に柔軟に対応し、先を見て常識に囚われず、自分の尺度をもって行動することが今後より重要になるはずです。保守的な行動に執着して、リスクを取らないことは現状維持にもならないことが今回のワークショップを通じて感じて欲しかった一番大きなことです。

お礼、次のステップへの課題
今回のワークショップにあたり、WBSの牧先生や長内先生、大分舞鶴高校の金田教頭先生、高校の同級生の井尾くんなど多くの有志に支えられました。第一回の実現にご協力いただき、ありがとうございました。
今後の課題は、これを一度きりのものにしないことです。継続的にこのようなワークショップを開くスキームを作り出し、九州の片田舎である大分から日本を変えるようなイノベーションが生まれることを目指したいと思います。そのためには、参加者サイドからの企画への参加、有志の仲間を増やすこと、予算面の確保など多くの協力者を巻き込む必要があります。課題は山積してますが、ひきつづき母校大分舞鶴高校、ひいては故郷の発展のために自分ができることを行っていきます。

近況報告と今後の抱負
最後に、近況報告と今後の抱負を述べさせていただきます。まず、2019年3月に無事にWBSを卒業し、MBAを取得することができました。これは一重に牧先生、ゼミのメンターのみなさまや二期生をはじめ、学内外の様々な方々からご尽力・ご助言をいただいたおかけです。この場を借りてお礼を言わせていただきます。ありがとうございました。修論では、Initial Coin Offeringにおける投資家と起業家の物理的な関係に関する定量研究を実施しました。詳細はここでは述べませんが、IT技術を使った近年発達している新しい資金調達手段同様、伝統的な資金調達と比較した場合に、両者の物理的な距離が伸長している様子を確認できました。このテーマを通じて教わった社会科学研究における論理構築方法や定量分析手法は今後のキャリアでも利用できる大きな糧となったと信じております。WBS卒業後に、私が行っていくことは、研究者と経営者の橋渡し役として日本社会のイノベーション創出への貢献することです。その第一ステップとして、4月より慶応義塾大学発のバイオベンチャーに3番目の社員として転職いたしました。まずは転職先を立上げ、発展させる中で、イノベーションが創出される現場におけるビジネス経験を積んでいきます。さらに研究員としては、現在作成中のVCに関するビジネスケースを完了させます。そして、将来的には、サイエンスとビジネスを結びつけ日本のイノベーション創出に寄与する体系を作り出すことに尽力するつもりです。今後ともどうぞよろしくお願いします。


次回の更新は6月21日(金)に行います。