[ STE Relay Column : Narratives 063]
喜久里 要 「早稲田発イノベーション・エコシステムを求めて」

喜久里 要 / 早稲田大学リサーチイノベーションセンター 知財・研究連携担当課長

[プロフィール] 東京大学法学部卒業。2003年文部科学省に入省。初等中等教育局児童生徒課でいじめ自殺問題への対応を経験。2009年7月より高等教育局大学振興課・私学助成課で大学行政に6年間携わる。 2013年大阪大学に出向し、総務企画部経営企画課長として勤務し、SGUなど大学改革の企画立案を担当。 2015年10月早稲田大学職員に転身し、2018年11月より現職。学会や勉強会、大学での講演活動も精力的に行っている。
「Kaname Kikusato’s WEB」 http://intheair.xsrv.jp/active_engagement/

こんにちは。早稲田大学リサーチイノベーションセンター知財・研究連携担当課長をしている喜久里 要(きくさと・かなめ)と申します。
長々とした肩書きでわかりにくいですが、早稲田大学の研究面での産学連携、知的財産の管理・運用、ベンチャー創成支援を担当しています。

私が取り組んでいること、そして構築したいものは、早稲田大学のイノベーション・エコシステムです。

「エコシステム」という言葉は、社会や公共活動、ビジネス活動の持続性あるモデルを示すものとして、近年では汎用的かつ多義的になってきていますが、私がイメージする「エコシステム」とは、日本語で言えば「生態系」に近いものです。
たとえば動物が持続可能かつ成長・進化可能であるために必要なもの−それは太陽であったり、水であったり、食糧であったりします。
太陽−それは活動エネルギーの源泉であり、その状況によって一日のタイムスケジュールや行動が規定される存在、すなわち【そこにいるプレイヤーに勇気と行動力を授ける存在】。
水−動物が生きていく上で不可欠なものであり、生活を安定させるもの、すなわり【そこにいるプレイヤーが居続けていくために供給される必要があるもの】。
食糧−水と同様に生きていく上で不可欠なものであると同時に、成長のためには自ら動いて獲得する必要があり、また進化の過程に応じて適切に変えていく必要があるもの、すなわち【そこにいるプレイヤーが成長するために能動的に獲得する必要があるもの】。

イノベーション・エコシステムを動物の生態系になぞらえると、例えば太陽は「起業したいと思わせる雰囲気、ロールモデル」であり、水は「会社の存続に必要な場所や情報資産」、食糧は「会社を発展させるために必要な資金」といったところでしょうか。
何より、動物は一人で生きていくことはできませんし、群れで行動した方が食糧も獲得しやすくなります。このことは、イノベーションは一人では起こせない、ということを示しています。また、天敵ともいうべきライバルもいたりする可能性があるので、そこから逃れる術、あるいは戦う術を持っている、持てるようになることも生態系を構成する一つの要因なのかもしれません。

ちょっと無理やりな例えだったかもしれませんが、イノベーションは誰かが鉢巻を締めて頑張れば実現できるものではなく、それを暗に誘導し、暗に支え、暗に応援する仕組みの存在が不可欠だと私は考えています。
ポイントは「暗に」であること。システムは目で見えるものであり、数々の起業家にとっては有難いと感じられるかもしれませんが、目で見える命綱であってはいけないと思います。命綱がないと生きていけない動物の末路は、明らかです。
起業家教育、他の起業家や投資家とのネットワーク、マーケットリサーチやプロトタイプ作成に必要なスタートアップ資金、ライセンシング、ギャップ・ファンド…イノベーションをサポートする仕掛けは多く存在します。以下の図は、早稲田大学の現状の関連する取り組みを並べたものです(破線部分は構築中)。
これらをより有機的につなげていくことが重要だと考えており、目下、そのための調整と検討を進めています。
その一方で、全体のプログラムを体系化した結果、起業家にとってよりサポーティブな仕組みが出来上がることで、逆に起業家の真の成長と高レベルでの持続性を阻害することにはならないか、という懸念を抱えているのも事実です。
このため、意図的にプログラムの体系性を欠落させたり、起業家チームが高いモチベーションを持たないと次にステージに行けないような企図も必要だと考え始めています。エコシステムにおいては、システムを構成する支援策が繋がっているということ以上に、プレイヤーが真に求める、真に到達したいポイントに至らしめる存在であることが重要です。

去る6月28日、私は牧兼充先生のゼミにゲストとしてお邪魔しました。ゼミの授業は山岸広太郎・株式会社慶應イノベーション・イニシアティブ代表取締役による慶應義塾大学の事業化の様子と勘所の解説を中心としつつ、後半はゼミ生による質疑応答が中心でしたが、一見客観的に「起業に必要なことは何か?」「投資家は何を見ているのか?」等ということを確認しつつ、そこにはゼミの中でのやりとりというステージを超えて、機会あれば新規ビジネスを作ってやろう、起業家になろうという野心が見え隠れしていたように思います。もっとも、そのことが一番確認できたのは、ゼミ後の飲み会であったことは言うまでもない事実ですが、逆に言えば、起業意識を直接的にくすぐるのではなく、Hidden Programとして機能しているように感じました。

また、8月末には、牧先生の参画も得て、UC San Diegoのイノベーション・エコシステムのインタビュー調査も行いました。インタビューした、サンディエゴのイノベーション創成を30年以上支えている、Mary Walshokという方が「Entrepreneurであるとは、個人のことを言うのではない、その人を含むシステムや環境のことを言うのだ」という趣旨のことを言ってましたが、それを痛感する出来事を一つ紹介します。
前日にインタビューしたアクセラレーション組織(IGE)のDennis Abremskiから急遽誘われた、大学のエンジェル投資家やメンターを集めた今夕の立食パーティの席上、来賓の工学部長A.Pisanoの挨拶で「今日はインターナショナルなゲストも来てます、日本の早稲田大学の方です!」と突然紹介されました。大学の実務を知る人なら、わずか一日足らずで学部長の挨拶メモをそのように改変する調整力と戦略の程は分かって頂けると思います。
更に、その会食でUCSDに学びに来ている日本人の方(住友商事の飯倉竜さん)に出会い、車で20分くらい行ったBreweryで二次会をしていたら、別のグループで京都大学の日本人研究者に出会ったり。
サンディエゴのエコシステムとは大学発のものではなく、地域発、Maryが言う通り自然発生的な環境そのものを言うのだと痛感した出来事でした。
「意図せざる出会い」がイノベーションの必要条件であることを最近感じています。森林や河川の生態系保全においては、生態系の不確実性自体を前提とした管理手法(「順応的管理」)が主流になりつつあることが報告されていますが、イノベーション・エコシステムも、体系的である以上に不連続性・不確実性が強く要求され、内在されているべきであるように感じます。

早稲田にとって真に必要なイノベーション・エコシステムは何なのか。その探求の旅は短い道のりではありませんが、待ったなしの課題でもあり、関係の皆様とも引き続き議論を重ねていきたいと思います。




次回の更新は10月18日(金)に行います。