[ STE Relay Column 013 ]
畝村(石井)知里 「キャリアもプライベートも貪欲に生きる」

畝村(石井) 知里 / 株式会社東芝

[プロフィール]兵庫県出身。神戸大学経営学部を卒業後、東芝に入社。半導体事業のデジタルマーケティング、プロダクトマーケティング、需給調整業務等に従事。CEO直下の事業部を横断した若手プロジェクトにも参加し、新規事業活性化の仕組み作りを検討中。2017年4月に早稲田ビジネススクールの夜間主総合コースに入学し、現在修士2年牧ゼミ1期生。プライベートでは来年2月に第一子を出産予定。

初めに
私が、早稲田ビジネススクール(WBS)に入学したきっかけは、このままただの平凡な一会社員で終わりたくない、という焦りがあったから。学部時代に当時のゼミの教授である小川進先生に「会社の名前ではなく自分の名前で仕事をする」ことを目指すべきだ、と言われたことも、社会人になってからもずっと心にあった。当時はちょうど30歳の節目で、今動き出さないと変われないまま4、50代に突入してしまいそうな気がしていた。テレビや新聞で若くしてCEOになって活躍している起業家などの記事を見ては、自分との差を痛感していた。勤める会社は自分に多くのチャンスを与えてくれ、とても働きやすい会社ではあるが、一方で様々な課題も感じていた。

企業のあるべき姿やあるべきマネジメントを一から学びたいと思い、会社からの海外MBA留学の派遣を希望していたが、待っていてもチャンスがないかもしれないと感じていた矢先、国内大学のMBAを取得した会社の先輩から、「そろそろ受験の募集が始まる時期だよ」と何気なく言われたことにスイッチを押され、情報をかき集めると早稲田ビジネススクールは応募締切まで残り一か月。無謀とも思いつつ、急いで関連資料を提出し、先輩に小論文の書き方の本を借りて勉強したり、夫に面接練習を何度もしてもらったりして、無事入学することが出来た。

WBSに入学して
いざWBS入学してみると、素晴らしい教授陣や勢いある周りの学生達に圧倒された。
初めの数か月は、自分の思考回路が勤める会社に最適化され、想像以上に視野が狭くなってしまっていたことを痛感させられた。授業中、自分の想定を超えたところから投げかけられる教授の質問に、すぐに答えが見つからず、どんどん手を挙げて答えていく周りの学生をよそ眼に、噴火しそうな程必死に頭を回転させて答えを探していた。それがいつの日からか徐々に枠が外れ、凝り固まった脳みそがほぐれていくのを感じ、積極的に手を挙げて発言や質問が出来るようになっていった。

WBSの授業はどれも本当に面白く、ワクワクして、アドレナリンが常に放出されっぱなし。経営戦略、マーケティング、会計、ファイナンスなどのコア授業に加え、アントレプレナーシップや毎回経営者や起業家がゲストとして登壇される授業もある。本来私は、真面目に机に向かってガリガリ勉強できるタイプの人間ではないのだが、WBSの授業は学びを如何に実践に繋げていくかにフォーカスされており、教授陣もアカデミアから実務家出身まで豊富な経験と知識を持った素晴らしい方々ばかり。毎回の授業に刺激され、授業後家に帰ってから、如何に面白かったかを夜な夜な夫に喋り続けていた。

その中でも牧さんの「技術・オペレーションのマネジメント」は最も面白かった授業の1つである。本授業は技術経営やイノベーションのマネジメントを世界の先端の動向を交えて勉強する。取り扱うケースや題材はアメリカ西海岸の企業を中心にバラエティーに富んでおり、実際にその分野に関わる実務家がゲストとして参加されることでよりリアリティを感じて学ぶことが出来る。特に印象的だったのは遺伝子検査を扱う企業と行政との関わりをテーマにした”23andMe: Genetic Testing For Consumers“のケースを取り扱う回である。日本の大企業にいると、如何に法に触れないか、ルールに則って業務を行うかを重要視する為、それが当たり前だと思っていたが、西海岸を中心として、新たな市場が創造される状況下においては、行政のルールが決まるのを待たずに、如何にスピード感を持って上市し顧客を掴むかを重視する。日本とのマインドセットの違いを強烈に感じ、こんなに自由な戦い方があるのか、とワクワクした。

この授業を通して、世の中の最先端のイノベーションやテクノロジーに明るく、且つWBSの他のどの教授にも負けない程真剣に授業に取り組む牧さんに魅力を感じ、牧ゼミに入ることを決めた。牧ゼミを希望している他の学生達が皆とても優秀で素晴らしい人たちばかりだったこともこの決断を後押しした。

牧ゼミ活動開始とスイス交換留学
WBS1年目の冬から牧ゼミの活動がスタートし、更に忙しい日々が始まった。

一方で、2月頭から5月末までWBSの交換留学制度を活用し、会社を休職してスイスのUniversity of St.Gallenへの留学も経験した。元々海外の大学でMBAを取得することに憧れがあった為、WBSの入学式で留学制度があることを知った時からすぐに心を決めていた。夫を置いていくことや、会社を休職すること、そして貴重なWBSの授業が一定期間受けられないことなど、気になることも多かったが、今行かないとこの先留学のチャンスはもう無いかもしれないと思い決心した。

それでも、折角の牧ゼミでの学びの機会を失いたくなかった為、牧さんやゼミメンバーに理解いただき、留学中も週一回のゼミに毎回ビデオ電話で参加した。毎度のスピーカーやカメラの設置、日本からスイスへのケースの郵送など、皆さんの温かい対応にはとても感謝している。春学期中のゼミでは、マッキンゼー、Google、Netflix等のケースを議論したり、JINSからゲストをお呼びしてディスカッションをしたり、またシリコンバレーのヘッドハンターの方にゼミメンバーそれぞれのレジュメにコメントをいただいたりして、毎回濃い時間を過ごした。豊富な経験に裏打ちされたゼミメンバーの発言は一つ一つが深く具体的であり、真剣に一つ一つの課題に取り組む姿勢に、いつも強い刺激をもらった。

留学していたUniversity of St.Gallenでは、Digitalization and Customer Centricity, Law and Entrepreneurship, Small States in International Affairs, Multilevel Governance等幅広い分野のクラスを受講した。この学校は白人比率が非常に高く、また年齢層もWBSよりずっと若くて、英語も頭も想定以上にレベルが高く、授業中やグループワークの中で劣等感を感じることも多かったが、敢えて厳しい環境に身をおけたことは、自分の存在価値を謙虚に見つめ直す良い機会になったと感じている。

また生活面でも、普段如何に夫に支えられ、それによって勉強や仕事を頑張る活力を得ていたかを痛感した4ヵ月でもあった。私はこれまでも何度か短期留学の経験があり、出張や旅行でもよく海外に行っている為、この留学も楽しくあっという間に終わってしまうだろう、と思っていたのだが、結婚してからの留学は初めてであり、想定外に寂しい思いをすることも多かった。また留学期間中に大好きな祖母が亡くなったことや、イースターの休暇中等にオーストラリア・パースとイタリア・サレルノにいる10年来の付き合いのファミリーにそれぞれ会いに行く機会があり、家のテラスや海辺などで日本人以上に家族と親密に過ごす彼らの高いQuality of Lifeを目の当たりしたことなどを通して、家族の繋がりの大切さを強く感じさせられた。これまで海外で働くことに憧れを抱き気づいたらふらっと一人で飛び出しかねない自分だったが、今後どんなキャリアにチャレンジするにしても、家族と共に生きる生活が第一であり、それが自分の人生にとって最も必要不可欠な要素であることを強く認識出来たことは留学生活で最大の学びであったと個人的には思っている。

この留学での経験を通して、先回しにしていた子供を持つことを真剣に考え直し、幸い帰国後すぐに妊娠することが出来て、来年2月に出産を予定している。働きながら学校に通うだけで大変だと思っていた自分が、更に卒業前に出産までするとは全く想像していなかったが、WBSには働くママの学生も多く、その方々が子育てや仕事と並行して熱心に学ぶ姿勢を見ていると、自分で自分を固定観念で縛らなければ、どんなことでもチャレンジ出来る、という気が今はしている。

現在
現在は1月の修士論文提出に向けて、準備を進めている。テーマは、日本における大企業とベンチャー企業の人材流動とネットワークである。9月頭にゼミでサンディエゴにスタディツアーに行き、ライフサイエンスを中心に世界に誇るエコシステムを形成してきた背景を、UCSD Extension DeanのMary Walshok氏、Global CONNCECT FounderのGreg Horowitt氏、DirectorのNathan Owen氏、CONNECT Director of OutreachのH.Puntes氏にインタビューした。その中で共通してコメントされていたのは、ネットワークの重要性である。起業家、ベンチャーキャピタル、大企業、大学等の異なるプレイヤーやその組織内にいる個々人がネットワークで密に繋がることによって、強固なエコシステムが形成される。日本においては未だに大企業が人材や技術などの知を抱え込んでおり、オープンイノベーションが叫ばれつつも、人材流動性が低いことが、イノベーションの阻害要因となり、世界と比較した際の競争力低下に繋がっているのではないかとの仮説を持っている。修士論文を通して、仮説を明らかにし、今後の自らのキャリアや実務にとっての示唆を得たい。

また、会社では本業である半導体のデジタルマーケティングに加えて、CEO直下の事業部横断若手プロジェクトに参画しており、新規事業活性化の仕組みを検討している。WBSで学んだ知見やWBSで培ったネットワークを活用して実施したインタビューなどを盛り込んで取り組んでおり、WBSと自身のキャリアが少しずつ繋がってきていることを感じている。

今後は1月頃から産休育休に入る為、卒業後のキャリアの方向性は検討中ではあるが、牧さんのゼミやWBSの授業を通して興味を持ったベンチャーに関連するビジネスや、オープンイノベーションやエコシステムにおけるネットワーク形成に携わる業務などに関心を持っている。冒頭に記載した「自分の名前で仕事をする」人材となり、80歳頃まで楽しく働き続けられるよう、残り少なくなったWBSの生活を走り抜けたい。

 


次回の更新は10月19日(金)に行います。NTTコミュニケーションズ株式会社の高山千尋さんによる「WBS・牧ゼミでの経験とこれから」です。