[ STE Relay Column : Narratives 136 ]
牧 兼充 「進化する研究活動とコミュニティの広がり 2021 – 古典的MBAプログラムの先にあるもの」

牧 兼充 / 早稲田大学ビジネススクール准教授 

[プロフィール]早稲田大学ビジネススクール准教授。カリフォルニア大学サンディエゴ校Rady School of Management客員助教授、慶應義塾大学理工学部訪問准教授を兼務。早稲田大学オープンイノベーション戦略研究機構科学技術と新事業創造リサーチファクトリー代表。研究分野は、テクノロジー・マネジメント、イノベーション、アントレプレナーシップ、科学技術政策、大学の技術移転、大学発ベンチャー等。
政策研究大学院大学助教授、スタンフォード大学リサーチ・アソシエイト、カリフォルニア大学サンディエゴ校講師等を経て現職。日米において、大学を基盤としたイノベーション・システムの構築に従事。カリフォルニア大学サンディエゴ校において博士(経営学)を取得。
その他の情報は、Kanetaka M. Maki, Ph.D. Official Site をご参照下さい。

おかげさまで、科学技術と新事業創造リサーチ・ファクトリーの活動も、2021年度を迎えて、私の活動も色々な形で広がりつつあります。この1年くらいで関わった活動や、最近考えていることについて、少しご紹介したいと思います。

サイエンティストとの連携
私が代表を勤めてきたJST-RISTEX科学技術イノベーションのための科学「スター・サイエンティストと日本のイノベーション」は3年目が終わり、現在その成果を取りまとめ中です。この研究活動が派生する形で、サイエンティストと連携する機会が増えています。
慶應義塾大学環境情報学部教授の冨田勝さんの鶴岡でのご活躍をケース教材「サイエンティスト冨田勝」としてまとめました。冨田さんとは、鶴岡に取材に行ったり、授業にもゲストでいらしていただいて学生と交流いただいたり、オンラインジンカタを行ったり、交流がどんどん増えています。慶應義塾大学先端生命科学研究所の文系社会人プログラムに参加する皆様との交流が増えて、そのメンバーの皆様が触媒ともなって、連携の幅が広がりつつあります。
数年前に鶴岡にできたスイデンテラスをすっかり気に入ってしまい、鶴岡に定期的に通うようになりました。サンディエゴに続いて、私にとってももう一つの活動のフィールドとして、鶴岡の方々との交流を広げていきたいと思っています。冨田さんとは人材育成などもご一緒するようになり、イノベーター養成プログラムなども、関わらせていただいています。
もう一人最近、昨年1年間で交流がどんどん広がったのが、慶應義塾大学理工学部教授の伊藤公平さんです。伊藤さんが代表を勤めるAIコンソーシアムという学生育成プログラムにてアントレプレナーシップ講座の講師を務めさせていただいたり、理工学部の量子コンピュータの研究センターに関わらせていただきました。その経緯で、慶應義塾大学理工学部の訪問准教授を兼務させていただいています。量子コンピュータのビジネス応用はこれから発展していく分野で、特に伊藤さんのようなスター・サイエンティストの周りにたくさんスタートアップが生まれてくると思います。そのサポートができたらと思い、ケース教材「慶應義塾大学量子コンピュータセンター」を執筆中です。昨年は授業に伊藤さんにゲストスピーカーとしていらしていただいて、量子コンピュータのビジネス応用について議論する場を設け、具体的に第一歩を踏み出しました。理工学部訪問准教授をやらせていただくことで、理工学部の教員の皆様とも交流が増えて、理工学部教授の竹村さんや三木さんが中心となって進める慶應メドテックプロジェクトにも研究メンバーとして関わらせていただきました。ビジネススクールの視点から、生まれてきたプロダクトのビジネス化をお手伝いできればと思っています。

 

現在のMBAのカリキュラムが「古典的」と呼ばれる日
量子コンピュータの世界では、「量子ビット」、「古典ビット」という表現があります。量子は連続値ととるので、既存のコンピュータで用いられてきた二進数のビットを「古典ビット」と呼ぶそうです。確かに、科学技術の新しいデプロイメントの中で、今使っているものが「古典」と呼ぶことにはとても納得感があります。
そう考えると、ビジネススクールの役割も今大きく変化していると思います。「戦略」「マーケティング」「人材・組織」「グローバル経営」「技術・オペレーション」などの科目は、もしかしたらあまり遠くないうちに、「古典的カリキュラム」と呼ばれる時代が来てもおかしくないのではないと思います。ちなみに「古典的」という言葉には、新しいものにはない価値がたくさんあり、今後なくなるという意味ではありません。
そのような時代を想定すると、どんな新しい教育プログラムを提供するべきなのか、最近考えることが多いです。ただ、次のMBAのカリキュラム、というのは簡単にコンセンサスがとれるとは思えないので、とりあえずはゼミで少しづつやれることをやってみようと思っています。
今一番重要なのは、AI前提社会のための基礎体力の養成だと思っています。AI時代になってなくなる職業はあってもその本質は、「AIを使い今せる人」と「使いこなせない人」の差が大きくなる時代なのだろうと思います。AIはあらゆる産業・領域を変える汎用技術です。そう考えると、MBA在学中に、ディープ・ラーニングを活用してデータ分析を行ったことがあるかどうかは、必須の経験なんだと思います。実験的にゼミでも、そういったワークショップを取り入れはじめています。
「科学的思考法」や「科学的実験」の力は今まで以上に重要だと思います。AIは、ディープ・ラーニングを活用して、変数間の相関関係を検出することができても、相関関係はどこまで行っても相関関係です。本当にクリエイティブに新しい課題に取り組むためには、おそらくは人間による因果関係を推論する力が重要になると思います。そのためにはデータの分析結果から、何が因果関係と呼べるのか、という判断力が必要になります。「科学的実験」のデザインをする力は、そのために最も重要な力だと思います。このような力を特定の領域に閉じずに学際領域で実施していくことが大切と思います。
データが氾濫し、多様な情報が行き交う中で、今まで以上に、個別の事象を結びつけて、ナラティブとして語る能力が重要になってきていると思います。自分のキャリアも、一社でキュリアアップするのではなく、色々な試行錯誤をしながら、活動の幅を広げて深めていく時代です。そうすると、自分は何者なのか、ということを他者に説明する「ナラティブ」が必要となります。新事業創出においてもデータを示すだけではなく、その事業の重要性を、ストーリーで語って、聞き手がエンパシーを感じられるような、構成能力、伝え方に関する能力が必須スキルとなっています。ちなみに最近良く聞くようになった「アート思考」も、数字やロジックではない相手を説得するスキルを身につけていくために必要な知見を提供しているものだと思います。

 

まとめ
最近の色々な活動や今後必要なことの私見をまとめてみましたが、これはビジネススクールとしてコンセンサスがあるようなものではありません。私の役割は、メインストリームにならずに、外れ値として新しいことを試していくことだと思っています。
おかげさまで随分活動の幅が広がりましたが、上記の活動のつながりを見ていただくと、私がメインで活動している領域は相互にかなりつながっていて狭い、ということもご理解いただけるのではないか、と思っています。引き続きシナジーのきく分野に活動を絞りながら、自分の興味関心を深めていきたいと考えています。
研究室の活動が広がることに伴い、私一人でできることも減ってきました。色々なプロジェクトがチームとして動いていて、私はそのチームのマネジメントをする役割が最近とても増えてきています。改めて研究室の多様な活動に関わってくださっている皆様に御礼申し上げて、このコラムの結びとしたいと思います。


次回の更新は6月18日(金)に行います。