[ STE Relay Column : Narratives 111]
神谷 宗「妄想の蓄積」

神谷 宗 / 早稲田大学大学院経営管理研究科 

[プロフィール]1989年愛知県高浜市生まれ。中央大学大学院理工学研究科博士課程前期課程土木工学専攻修了。2014年4月に東日本旅客鉄道株式会社に入社し、保線技術者として従事。主に、東京駅を中心とした保守エリアにて、レールや分岐器の交換計画策定・施工発注を担当。毎日のように線路を歩いて不良箇所の点検も行っていた。実家の瓦製造業を承継する前に経営学を学ぶため、2020年3月に退社。2020年4月に早稲田大学大学院経営管理研究科 全日制グローバルプログラムに入学。趣味は、キャンプや音楽フェスに行くこと。特にキャンプでは、焚き火を見ながらボーッとお酒を飲んでいる時間がお気に入り。

 

 初めまして、牧ゼミ所属のM1神谷と申します。私は、2020年3月末まで東日本旅客鉄道株式会社にて、保線技術者として線路の保守管理を行っておりました。実家が瓦製造業を経営しており、その会社を承継する予定です。
 今回はこの場をお借りして、私自身どのような人生を歩んできて、なぜMBA取得を目指し、これからどのようなことをしていきたいかについて執筆させて頂きたいと思います。当初、こちらのコラムのお話を頂いた際は、背伸びしてカッコいいことを執筆したいと思っていましたが、自分の人生を整理する意味で「これまでの人生」「なぜMBAを目指したか」「WBSに入学してみ」「牧ゼミについて」「これから目指すこと」について現在感じている有りの儘を書くことによって、何年後かに読み返した際に現在の等身大を思い出せるようにしたいと思います。

これまでの人生
 これまでの自分の人生を改めて思い返してみると、非常に在り来りな表現ではありますが、ある程度既に敷かれたレールの上を走っているのみであったと思います。それは、事業承継することが決まっているとかそういうことではなく、学生時代・社会人時代共に、何をするにしても答えがある程度決まっている世界を歩んできたため、とにかくその答えを導き出すように効率良く動くことが求められ、自由に選択・発想する機会がなかったように感じます。そのことについて、学生時代と社会人時代に分けて述べさせて頂きたいと思います。
 まず、学生時代ですが、私は、大学・大学院共に土木工学を専攻し、主に橋や道路の研究を行ってきました。理系の大学に有りがちですが、先輩の研究を引き継いで、そのまま研究を発展させていくことがよくあると思います。私が所属していた研究室では、教授が各人適正と判断した研究テーマへと配分するシステムとなっており、私に関しては、教授が以前在籍していた大学で行っていた研究を引き継ぐことになり、橋の耐震・制振に関する数値解析を実施することになりました。既に行うことは決まっており、どのような位置に耐震部材や制振部材を設置すると、橋は与えた地震に耐えられるのか?といった研究であったため、過去の知見を参考にPC上で様々な箇所のシミュレーションを実施しておりました。大学院でも、同様に数値解析の研究を行っており、対象物としては道路などで使用されるアスファルト混合物へと変わりましたが、環境は似たようなものでした。
 次に、社会人時代についてです。前述のとおり私は保線技術者として、線路の維持管理を行っていました。非常に大きな企業であったため、業務の流れなどはしっかりとマニュアル化されており、線路の部材の交換なども交換基準が明確に決められているため、それに則り交換するという流れになっています。これだけを聞くと誰にでも出来る仕事ではないか?と思われるかも知れませんが、もちろんそのようなことはありません。施工能力(年間で修繕が行える作業量)や不良箇所の緊急度に応じて年間計画を策定する作業は本当に大変で、線路を修繕するにも膨大な知識と経験が必要になります。そして、人々の生活を支えるとても重要な仕事であることには変わりはありません。ただ、独創性や発想力を活かすよう場所ではなく、いかにミスなく効率よく修繕を行っていくかというプロフェッショナルの道を突き進むような世界でした。

なぜMBAを目指したか
 学生時代・社会人時代のいずれの経験も、私にとっては本当に貴重な経験ではあるものの、
今後事業承継をする上では、不確実性の高い中で正解のない課題に対して、意思決定をすることが予想され、ある意味正解がある課題解決のみをやってきたこのままの状態で父の会社を継ぐことに疑問を持ち始めました。さらには、今まで土木系の世界にどっぷり浸かっている、かつ、保線はニッチな業界故に、非常に内向き志向な体質で、接する人々もグループ会社や特定の施工会社・協力会社のみであったため、外の世界を知らないという不安に駆られました。このような考えから、父の会社に入る前にもう一度、視野を広げたいと考え出しました。
 MBAという存在は知っていたものの、周りで取得している人には出会ったことがなく、馴染みのないものでした。しかし、自分の人生をもう一度見直そうと考えた時から、MBAを始め、様々な資格や機会を模索・下調べをしていると、自分が求めている様々な業界の人々との出会いによって視野を広げることや正解のない答えを探し求める分析力・意思決定能力の醸成にはMBAが最も適していると思い、受験を決意致しました。

WBSに入学してみて
 実際に入学してみてWBSは自分が今まで生きていた世界と全く異なる世界で、とても刺激的かつ本当に学びが多く面白いところだと改めて入学できたことを嬉しく思っています。まさに私が望んでいた環境がここにはあり、年齢も業種も考え方も多種多様な人材の宝庫で、まだ入学して僅か半年ではありますが、皆様と会話しているといかに自分が歩んできた道が視野の狭い道であったかを思い知るとても良い機会になっていると感じました。
 思い知ったほんのごく一部の小さな例になるのですが、前職では皆様が当たり前のように使用しているビジネス用語ですら、全く使用しない業界だったため、最初はとても戸惑いがありました。例えば「アイスブレイク」「アジェンダ」「コンセンサス」「ジャストアイディア」「シュリンク」「ブレーンストーミング」などなど、英語の意味を考えればわかるようなことでも、最初はチンプンカンプンで、非常に皆様とのギャップを感じた出来事の一つでした。(なぞの横文字が出てきたらすぐに調べていました。)瓦製造業も非常に古い体質であるため横文字などはほとんど使わず、未だにFAXが主流な業界です。そのため、これらを経験せずに父の会社に入っていたら、世間からどんどん離されていくことになっていたと思います。

牧ゼミについて
 まず、牧ゼミを志望した理由としては、牧ゼミでは新しい科学技術がビジネスにどのような影響を与えるかに関して幅広く取り扱っており、私としては最新技術を使用して市場縮小をしている瓦産業を再活性化させたいと思っているため、まさに自分が行いたいことだと思い志望致しました。前の節で少し触れましたが、瓦業界自体が非常に古い業界であるため、最新技術を使用した新しいビジネスの創造や効率化の余地が多く残っている業界だと思っております。少しでもその糸口を見つけるためにも、牧ゼミが良いのではないかと考えました。
 次に、実際に牧ゼミに入って、改めて良かったと感じた以下の2点について触れさせて頂きたいと思います。

1. 事業承継先を客観的に深く知ることが出来たこと
 今年の4月から、牧さんの計らいで日本語ゼミを始動して頂き、位置づけとしては、英語ゼミのサポート的な意味合いや個別に関心のあることをもっと気軽にディスカッション出来る場として設置して頂きました。こちらの日本語ゼミにて、事業承継先の紹介や課題、今後の方向性などを議論する場があり、事業承継先のことを深堀りする良い機会となりました。今まで、父の会社のことは、入社してから考えれば良いという考えでしたが、父の会社を紹介する際には、深く父の会社のことを知っておく必要がある上に、牧さんや他の学生の様々な角度からの質問に備えるため、自分自身もわからないことを家族へたくさん質問することで、父の会社を客観的に見ながらも深く知ることが出来ました。
 これらのお陰で、卒業後に父の会社に入った際には、スムーズに仕事を覚えられるような気がしています。そういった意味でも、事業承継者は特にじっくり外から自分の家の会社を観察することができるので、牧ゼミはとてもオススメな場所であると思います。

2. 最新技術について学んだり、触れたり出来ること
 言わずもがな、これを目的として牧ゼミを志望したのですが、既に想像以上に自分の中で学びがありました。春学期では、デザインシンキングを通じて、「Fusion360」という3Dプリンタなどで出力するためのモデリングを行う3DCADソフトを使用し、マスクのデザインを行いました。これに加えて、3Dプリンタに関する論文の輪読も実施されたため、さらに理解を深めることができ、実践と座学の両方をバランス良く配分して頂いて、本当に学生の為になる内容になっています。そして、議論の中では、「瓦産業に3Dプリンタなど使用できるのでは?」など話が出てきて、思い返すと気付きそうな部分ではありますが、自分の中では全く想定していなかったのでとても衝撃的でした。
 実は、この3Dプリンタの経験を基に、自分なりに夢が広がっています。これはパッと思いついたことですが、仮に3Dプリンタで瓦を作成することが出来るとするならば、従来必要な瓦一つ一つの金型や人の手直しが必要なくなります。そうなることによって、量産型ではない、それぞれの屋根に合わせたフルオーダーメイドの瓦を設計することが可能となり、屋根全体で様々な形の瓦を組合わせることによって、従来の統一された形の瓦で覆われた屋根ではなく、芸術的な屋根を創り出すことも可能になるのではないかと考えています。さらには、まだドローンについてのことは深堀り出来ていませんが、屋根全体をドローンによって測量することが可能であれば、このようなフルオーダーメイドの屋根も比較的容易に製造・施工可能ではないかと考えており、牧ゼミでドローンに関して取り扱う回を楽しみにしています。
 このように牧さんのゼミで学ぶことは、ビジネスのヒントになる上に、将来をもっと便利かつ面白くしてくれることばかりで、毎回ワクワクすることが出来ます。

これから目指すこと
 上記2.の末尾はあくまでも自分の妄想の世界かもしれませんが、この妄想が今までは出てこなかったので、妄想が出てくるだけ、自分の視野が広がっており、知識が増えている証拠なのだと思います。事業承継先に入ってしまったら、忙しさにかられてなかなか新たな知識を得る機会を創出することが困難になるかと思います。さらには、いずれ業界に染まっていき、凝り固まった考えになる可能性もあります。だからこそ、そのような状況になる前に今はこのような知識をもっともっと得ていき、妄想を蓄積していきたいと思います。そのために、新たなことに挑戦することを忘れずに頑張っていこうと思います。

以上が、今私が思うことです。
最後まで読んで下さって誠にありがとうございました。


次回の更新は10月2日(金)に行います。