[ STE Relay Column : Narratives 088]
森田 善仁「実行から実装の時代 深センの産業集積とハードウェアのマスイノベーションを受講して」

森田 善仁 / 早稲田大学経営管理研究科 / アクセンチュア 

[プロフィール]奈良県奈良市出身。高校まで関西で過ごした後、故郷を離れ東北大学へ進学。在学中に陶芸と出会う。以後14年ほど継続していたが今は休憩中。大学卒業後は計測機器、実験ツールの専門商社である東陽テクニカに入社。輸送機器産業の研究開発を支援する。19年9年に東陽テクニカを退職し、現在はアクセンチュアに所属、主に通信、メディア、ハイテク系企業の支援に従事する。2020年3月 早稲田大学経営管理研究科を修了。
趣味:自宅の1階にできたanytime fitnessで体を動かすこと、将棋(アマチュア2段)と将棋ソフトの開発、妻のために毎朝美味しいコーヒーを淹れること。

早稲田大学ビジネススクール2020年秋学期の集中講義として開講された「深センの産業集積とハードウェアのマスイノベーション」を受講した所感を記載します。私にとっては、2年間に渡るビジネススクール生活の締めくくりにあたる授業でしたし、高須さんのことはWBSモノづくり部のイベントで存じ上げていたのでとても楽しみにしていました。この講義の特徴は、深センという都市にフォーカスするというテーマ設定もさることながら、招聘講師である高須正和さんそのものにあると言っても過言ではないでしょう。生活の拠点を深センに置く高須さんは、電子工作部品の販売を手がける(株)スイッチサイエンスでビジネスパートナー(maker)の開拓をする傍ら、世界の様々なメイカーフェアに出没しています。そこで、メイカーフェアをきっかけとして生まれたコミュニティ(ニコ技深圳)の運営や、メイカーフェアの広告塔として活動されています。恐らくメイカームーブメントについて最も詳しい日本人の一人ではないでしょうか。海外赴任中にメイカーに興味を持ち、趣味が講じて仕事になり、そのうち趣味と仕事の境界線が曖昧になって、自分が楽しいと思えることだけに取り組んでいる(本当に憧れる生き方です)そしていつもパッションが身体中から迸っていて元気で明るいおじさん。私の高須さんに対する印象はこんな感じです。授業のスタイルは基本的に高須さんと数名のゲストスピーカーによる講義形式でしたが、その印象通りに高須さんはとにかく授業中も熱をこめて語ってくださいます。高須さん独特の言い回しと、歯切れの良い口調は聞いていてとても心地よい時間でした。そして、授業を受けながら、高須さんの話を聞いているとなぜワクワクするのだろうと考えていたのですが、それは聞き手に伝えようとする想いが人一倍強く、その気持ちが聞き手にも伝播して、話し手と聞き手の間に自然と一体感が形成されていくのだと感じました。ビジネススクールのプログラム最終盤になって、相手に自分の想いを伝えることの大切さを改めて認識しました。

以下はこの授業で取り上げられたテーマの中から私が特に興味を持ったものをあげます。今回の授業はYouTubeにもアップされていますのでぜひご覧になってください。

・多産多死型の“正解のないイノベーション”
・ハードウェアを製造するとは
・“コピーを繰り返した先にあるオリジナル”を生み出した深セン
・保護すべき知的財産とオープン化すべき知的財産

「生きていくために生まれた正解のないイノベーション」
改めて、この授業のタイトルでもあったマスイノベーションについて整理しておこうと思います。Massとは日本語で集団とか塊という意味なので、数によってイノベーションを起こすことを表現しています。精緻に市場のニーズを分析して製品やサービスを世に送り出すのではなく、作り手側が作りたいものを作って世に送り出してみて、ある程度売れれば、それを成功としてしまおうという考え方です。当然、作り手側の都合で製品をリリースしているので失敗作もたくさんあるわけですが、失敗を繰り返しているうちにいつの間にか成功している。だから正解のないイノベーションと言われています。最近はいろんな文脈で、失敗を繰り返すことや、失敗をマネジメントすることが成功への近道だと言われるようになりましたが、深センが興味深いのは受託製造地ならではの理由によって正解のないイノベーション文化が醸成されたことです。深センには様々な規模の受託製造を行う工場が集積しています。受託製造はその名の通り、外部からの委託を受けて製造のみを担うわけですが、その中でも小〜中規模の工場は需要の変動によって経営に大きな影響を受けます。その際に工場の経営者は雇用している工員を養うために、オリジナル品ともコピー品とも言えないものをつくり始めて、自分たちで売り出してしまうそうです。深センのプロダクトはコピーから始まっているとも言われるくらいで、食いつなぐために必死でコピー品の生産と販売を複数回繰り返しているうちに、気付いたらオリジナル品になっていて、それがヒットして食いつなぐことができる。生死をさまよい必死にコピーを繰り返す中でイノベーションが生まれる必然性はとても興味深く、深センというエコシステムの奥深さを感じました。

「誰もがDeployできる時代に突入している」
“Deploy or Die”これはベンチャーキャピタリストであり、元MITメディアラボ所長であった伊藤 穰一氏の言葉です。彼の前任者であるNicholas Negroponteは “Demo or die.”をモットーとして掲げました。これは、研究成果はただ論文にするだけでなく、何らか動くものとして提示できなければ価値がないという意味が込められていたそうです。一方、伊藤氏はこれをupdateする形で”Deploy or die.”を示しました。つまりプロトタイピングだけではもうダメで、世の中に普及できなければ意味がないと解釈することができます。研究者に向ける言葉としては、少々強いメッセージかもしれませんが、実は一研究者でもモノやサービスを世の中に送り出しやすい環境が整ってきたことを表しているのかもしれません。その環境とはいくつか‘あると思いますが、一つ目はインターネットとスマートフォンの普及だと思います。情報収集だけでなく、それを媒介として世界中の潜在顧客へリーチできるようになりました。また、技術資産に対する捉え方が変わってきたことも影響しているのではないでしょうか。すべてを発明者の秘匿や所有とせず、オープンにすることで共同開発者やパートナーを増やして、独力では到達できなかった、より良いものを作っていこうという考え方が普及してきました。さらには、従来は難しいとされていたハードウェアのプロトタイピングや量産も個人でできる時代になりました。これは、レーザーカッターや3Dプリンタといったプロトタイピングに最適なツールや、ファブラボと呼ばれるスペースが増えてきたこともありますが、この授業のテーマである深センが大きく影響していることも関係しています。電子機器の製造委託地として発展してきた深センのエコシステムを活用することによって、研究者個人レベルでも研究成果を具現化してデリバリー可能な時代になったのです。

「実行から実装へ」
ビジネススクールにいると、学んだことは学びのまま終わらせずに、とにかく実行すべし(doing)という言葉を強く意識するようになります。これは旧来のインプット重視型であったビジネススクールの方針に対する、ある種アンチテーゼのような意味も込められていると思いますが、近年はその考え方がさらにアップデートされているのではないかと考えるようになりました。とにかく実行するだけではもはや十分ではなく“deploy“、つまり実行した結果、ある一定の影響や価値を周囲に与えないと意味がない。これからのビジネススクールの卒業生に求められることは、在学中に得た知識や人脈を使ってビジネスの現場や社会に対して新しいものを実装していく力が求められているのだと思います。それは、副業の推進などといった働く環境の変化と、SNSやクラウドファンディングなど、個人レベルで得られるリソースが大きく増えていることに伴って、新しいことを始める(実行)ハードルが下がってきていることも影響しています。だからこそ、ただ実行するだけではなく、実装できなければ価値はない。
高須さんがこの授業のラップアップで言った言葉はとても印象的でした「作ったものを広めることも、作ることの一部だ」これは、まさに今のビジネススクールの卒業生に求められている事だと感じました。

 気づけばここで3回目のコラムとなりました。妻には黙ってコラムを書いていたのですが、どこからかここの存在がバレてしまい、半ば冗談で書いた「趣味は妻のために美味しいコーヒーをいれること」は慌ただしい朝でも私に課されたtaskとして今でも有効なままです。とはいえ、このような場でアウトプットをすることで自分の頭を整理することが出来ている気がします。貴重な機会を提供してくださっている牧さんに感謝します。そして素晴らしい学びを提供してくださった高須さんに改めて感謝の意を伝えたいと思います。来年再び早稲田にいらした時のために美味しいお店を探しておきますね。


次回の更新は4月24日(金)に行います。