[ STE Relay Column : Narratives 200]
牧 兼充「祝STE Relay Column:Narratives 200号: エフェクチュアルに進化する研究室のエコシステム」

牧 兼充 / 早稲田大学 大学院経営管理研究科

[プロフィール]1978年東京都生まれ。2000年慶應義塾大学環境情報学部卒業。02年同大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。15年カリフォルニア大学サンディエゴ校にて、博士(経営学)を取得。慶應義塾大学助教・助手、カリフォルニア大学サンディエゴ校講師、スタンフォード大学リサーチアソシエイト、政策研究大学院大学助教授などを経て、17年より現職。カリフォルニア大学サンディエゴ校ビジネススクール客員准教授を兼務するほか、日米の大学において理工・医学分野での人材育成、大学を中心としたエコシステムの創生に携わる。専門は、技術経営、アントレプレナーシップ、イノベーション、科学技術政策など。近著に「イノベーターのためのサイエンスとテクノロジーの経営学」(単著、東洋経済新報社)、「科学的思考トレーニング  意思決定力が飛躍的にアップする25問」 (単著、PHPビジネス新書) 、「『失敗のマネジメント』がイノベーションを生む」(『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2020年3月号掲載)、『イノベーション&社会変革の新実装 未来を創造するスタンフォードのマインドセット』(共著、朝日新聞出版)、『東アジアのイノベーション』(共著、作品社)、『グローバル化、デジタル化で教育、社会は変わる』(共著、東信堂)などがある。

 

スター・サイエンティスト研究とエフェクチュエーション

「継続は力なり」というけれども、おかげさまでこのSTE Relay Column: Narrativesは今回で200号。WBSでの研究活動や授業に関わるメンバーに、ボランタリーのエッセイを書いていただく企画でしたが、スタートする時は、まさか200号まで続くとは思ってもいませんでした。1年間52週だから単純計算しても4年分くらいの連載になるわけです。このコラムの執筆に関わった200人弱(何人かの方は複数回執筆している)の皆様に改めて御礼申し上げます。

スター・サイエンティストの研究をしていると、優れた研究活動をしている人は、研究室を取り巻くエコシステムをとてもうまく築いていることに気付かされます。そういった人ちをロールモデルにしながら、WBSに来てから、ゼミや授業、研究プロジェクトを立ち上げるにあたっては、可能な限り研究室を取り巻くエコシステムを作ることを心がけて来ました。そして、そのエコシステムの活動を可視化するためにスタートしたのがこのSTE Relay Column: Narrativesでした。エコシステムに関わる皆様の活動について、自らのナラティブを語ることで皆様の活動を可視化することで、エコシステムの活性化を図ってきました。

最近日本では、エフェクチュエーション (Effectuation​​)という概念が浸透しつつあります。ハーバート・サイモンの晩年の弟子であるサラス・サラスバシー教授が提唱した概念で、優れた起業家に共通する行動原理をまとめたものです。具体的には、「未来は予測不能であるという前提のもと、所与の資源や手段を用いて、結果を創り出していくことに重きを置くアプローチ」のことを指します。スター・サイエンティスト研究をしている中でも、優れたサイエンティストは、このエフェクチュエーションの原理を活用して成果を上げている。ちなみに、このエフェクチュエーションを最もうまく実現しているのがスター・サイエンティストの1人である鶴岡の慶應義塾大学先端生命研究所の初代所長の冨田勝さんだと思うのですが、彼はハーバード・サイモンの弟子だから、サラスバシーとは兄弟弟子にあたる、というのがいつもとても面白いと思っています。

私自身もこの5年間の研究室の立ち上げにあたって、エフェクチュエーション的な思考法を心掛けてきました。スター・サイエンティスト研究をスタートしたときは、何もリソースがなかったのですが、自分の持っている小さなリソースからスタートして、「スター・サイエンティスト研究をやりたい。一緒にやれることはありませんか」と色々な人に声をかけているうちに、チームが集まって、JST-RISTEXからの大型研究費をいただくことになり、その後も科研費の基盤Bなどの研究活動を進めてきました。おかげさまで、スター・サイエンティスト・コホート・データセットを作ることで、色々な研究成果が生まれるようになりました。このプロジェクトの運営にあたって、共同研究者の隅倉さん、原さん、長根さん、佐々木さん、藤田さん、そしてプロジェクトをいつも支えてくれているリサーチ・アシスタントの学生の皆さんに感謝しています。

フィールド実験

「フィールド実験のビジネス応用」については、2018年にUC San DiegoのEric Floyd助教授が来日して、実験の話をしてくれたことが全てのスタート。このEricの来日は、今思うと、UC San DiegoのビジネススクールRady School of Managementの初代学部長であるDean Robert Sullivanの最後の置き土産だったとも思うのです。彼はUC San Diegoと日本との連携に常に協力的でした。ご自身の退任が見えている中で、少しでも日本との接点が続くように、ということでEricが日本に訪問するチャンスを作ってくれた。それが色々なプロジェクトに広がっていくことになります。そういえば、Bobはカーネギーメロン大学のビジネススクールでも学部長をやっていて、当時博士の学生だったサラスバシー氏をサポートしていたようです。サラスバシー氏の著書の謝辞にもBob Sullivanの名前が出てきます。Bobも間違いなくエフェクチュエーション型のdeanだったと思います。
その後、Ericとは友人として交流するようになり、WBSの授業のゲストスピーカーとしていらしてもらったり、新たに立ち上げた「フィールド実験のビジネス応用」研究部会が主催するビジネス実験コンテストに、審査員として継続的に関わってもらうようになりました。このコンテスト、最初はEricと2人だけだったのですが、日本側からは、伊藤さん、大湾さん、澁谷さん、大森さんら、早稲田の多学部の教員が御協力してくださるようになりました。このコンテスト運営は、WBS卒業生の土肥さんが多大な協力をしてくださるおかげで継続しています。このコンテストを通じて、コミュニティが広がっているおかげで、具体的なフィールド実験の実施が増えています。共同研究としては、三菱電機とのアクセラレーターの研究、清水建設との障がい者サポートの研究などで、企業を舞台としたフィールド実験が実現しつつあります。企業との共同研究のスタートには、WBSの卒業生である渡辺さんがご尽力くださいました。このコンテストの審査員としては、Anya Samek氏、Sally Sandoff氏ら、第一人者であるシカゴ大学のJohn List教授の弟子が関わってくれています。また昨年、審査員として協力してくれたMike Price教授は日本にも関心が強く、色々な実験の取りまとめのアドバイザともなってくれています。
全日ゼミの修論はいわゆるRCTを活用した研究が増えています。Charlesは中国の高校で教育関係のフィールド実験をやったし、横川さんは自身が働く薬局でのワクチン接種促進に関するフィールド実験をやりました。いわゆるサーベイベースのRCT実験としては、Alex、下平さんらがこのコミュニティから得られた知見を活かした活動をしています。昔は、「フィールド実験をWBSでもできたらいいな」と思っているだけだったのですが、やりたいと言い続けるうちに、いつの間にか、サポートしてくれるコミュニティが出来上がって、そして学生も自然と実験に関わる研究をやるようになって、この数年間で随分進化したものだと思います。これもエフェクチュエーション的lなプロセスと言って良いのだと思います。

本の出版と多様なメディア掲載

2022年は、今までずっと準備してきた色々な成果が一気に表に出た年でした。具体的には、2冊の本を出版しました。
「イノベーターのためのサイエンスとテクノロジーの経営学」はこの4年間くらいずっと執筆していたもので、ようやく日の目を見ることが出来ました。WBSで立ち上げた授業「科学技術とアントレプレナーシップ」の内容をまとめたものです。私が留学中に学んだきた理論などをストーリーを構築してまとめたものです。スター・サイエンティスト研究をスタートする背景となった関心をまとめたものでもあります。
「科学的思考トレーニング」は、私が米国で学んできた科学的思考法が、ビジネスパーソンにも重要な思考法であることに気づき、その要点をまとめたものです。PHPビジネス新書として出版していて、お気軽に読んでもらえる本に仕上がっています。
2冊の本の関係は、福澤諭吉の「西洋事情」と「学問のすすめ」の関係に似ていると思っています。つまり、福澤が西洋で学んできた現象をまとめたのが「西洋事情」、西洋に追いつくための思考法をまとめたのが「学問のすすめ」だと思うのです。私の米国の留学の経験をまとめた2冊で、とても思い入れがあります。
この2冊は、私が研究者として、どんな領域の専門家でありたいかということを表してもいます。私自身は、「技術経営」や「アントレプレナーシップ」としてのキャリアを歩んできました。でも、これからは、もっと経営学全般、もしくは経営そのものに役に立つ思考法を専門とする人になりたい、そんな思いで2冊目の本を書いています。1冊目の方が反響が大きいのですが、今後私が広げていきたいのは2冊目の方でもあります。
WBSにいると、たまたま出会ったゼミ生の興味関心から、私の興味が広がっていくことがとても良くあります。ざっくりとした自分の研究テーマはあるのですが、新しい人がチームに加わることで、新しいプロジェクトが生まれたり、領域が広がる毎日です。
本を出版したこともありますし、元から蓄積していたものもあるのですが、2022年はたくさんのメディアに掲載していただいた1年間でもありました。以下に、2022年に掲載された記事をまとめますが、どの活動も、WBSに来てから偶発的に出会った皆様とのコラボレーションが発展したものです。

 

Sozo VenturesとCapital Formation

研究室を取り巻くエコシステムにおいて、忘れてはならないのはSozo Venturesとの連携です。Sozo Venturesの中村さんとは2009年くらいから交流するようになりました。中村さんにはKauffman Fellows Program CEO(当時)のPhil Wickham氏を紹介してもらったり、私が米国に留学する前からお世話になっていました。私が博士をとって、WBSに赴任した時には、PhilをWBS客員教授としてお迎えして、Venture Capital Formationという授業を立ち上げていただきました。その後も研究プロジェクトの立ち上げなどをご相談して来ました。
2023年4月からはいよいよ、Sozo VenturesとWBSの私の研究室が連携して、正式に新しい研究プロジェクトを立ち上げることになりました。このプロジェクトは、Capital Formationの研究、日本のエコシステムの調査分析、ディープテックスタートアップの調査、カーボン・ニュートラル関連のスタートアップ調査の4本柱となっています。外部からの大型の資金援助をいただくことにもなり、比較的大規模なプロジェクトとなっています。
私は、2024年3月からサバティカル期間に入るのですが、最初はシリコンバレーにいって、Sozo Venturesの開発するCapital Formationのプログラムを更に学んで、日本に移植可能な形で発展させていきたいと思っています。Sozo Venturesとの連携、2023年度以降ますます大きく発展していくと思います。Sozo Venturesとの連携も、私が15年くらい交流している皆様との交流が、ここ数年だ大きく発展したものです。

アントレプレナー育成の拡大

アントレプレナー育成に活動も多様な形でやってきました。
理工学術院の朝日先生のサポートをいただいて、UC San Diegoとの連携で立ち上げたMicroMBAはおかげさまで毎年100人もの方々が参加するフラッグシッププログラムとなっています。このプログラムに興味を持っていただく外部の方々も多くて、MicroMBAをプラットフォームに、今後国際連携が広がっていくと思います。このMicroMBAは、授業を行うだけではなくて、講師間の新しい共同研究プロジェクトを立ち上げるインキュベータ的な役割を果たしています。
私が4年前から実施している「Lab to Market: 科学技術の商業化と科学的思考法」は、大学の科学技術の商業化を目指したプログラムです。まだまだ目立った成果がそこまで出ているわけではないのですが、カリキュラムとしては随分形になってきました。シーズを提供してくださる研究者との関係が少しづつ広がっています。このような授業も「継続は力なり」みたいなところがあるので、引き続きコミュニティの拡大を図っていこうと思います。

今年は、Global Catalyst Partners Japanの大澤さんと一緒に、GiC Innovation(iX) Fundamentals というプログラムを立ち上げる予定です。Stanford Onlineが開発したアントレプレナー育成プログラムなどのビデオ教材を活用しながら、新事業創造のためのワークショップを行います。Global Catalyst Partners JapanのLPの皆様に提供するためのプログラムとして今年度はスタートします。大澤さんの作り上げたStructured Spin-In Modeの大事なコンポーネントの一つを担うプログラムです。大澤さんとは出会ってから20年以上になりますが、最近ますます具体的なコラボレーションを広げられて、とても嬉しく思っています。

2024年度からのサバティカルへ向けて

2024年4月からサバティカルに入ります。どこにいく予定ですか?と聞かれることが増えてきました。2年間のサバティカルの予定で、まだ詳細は決まっていません。最初の半年はシリコンバレーに行って、夏は例年通りサンディエゴで過ごすことを考えています。その後は行きたいところはたくさんあるのですが、これから考えようと思います。深圳にある程度の長さ滞在してみたいし、アフリカにも一度住んでみたいと思っています。
今回STE Relay Column: Narrativesが200号を迎えるにあたって、最近の研究・教育活動で思い出したものだけをまとめてみても、かなりのボリュームになります。ここにも触れられていないプロジェクトがこれ以外にも多数あります。お名前を触れていないコラボレーションをした方もたくさんいます。
2023年9月に、WBSに赴任して丸6年となりますが、おかげさまで研究室を取り囲むエコシステムはある程度形になってきたように思っています。正直、自分が当初意図していたよりもはるかに大きく広がっています。研究室の予算規模も、社会科学系の研究室としては、かなり大きくなってきました。これは、最初からマスタープランがあったわけではなく、この6年間の間に、具体的なコミットメントをして下さる皆様と交流しているうちに、どんどん新しいプロジェクトが生まれている、というのが実体です。文字通り、エフェクチュアルに研究室を取り巻くエコシステムは進化して来ました。
この活動の中核には、ゼミの存在がありました。2022年1月には初めてのゼミのOB・OG会を開催することができました。私の研究活動にいつも中心となってご協力くださるゼミ・メンバーの皆様に御礼申しあげます。これからも、あまり目標は定めずに、既存のリソースやコミットくださる方々との関係を大切にしながら、このエコシステムをより大きく発展させていきたいと思っています。

 


次回の更新は4月14日(金)に行います。

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