[ STE Relay Column : Narratives 157]
森尾 直弥 「TOM2021 ~イノベーションのマネジメント~」

森尾 直弥 / 早稲田大学大学院 経営管理研究科

[プロフィール] 東京都出身。物流企業の経営企画部門にて、中期経営計画の策定、新規事業の立案(サプライチェーンのサーキュラーエコノミー化促進など)を行っている。2021年4月、早稲田大学大学院 経営管理研究科に入学。

イノベーションのマネジメント
「“技術・オペレーションのマネジメント”という授業名がついているが、事実上“イノベーションのマネジメント”に関する授業である」

これが、牧先生から授業開始初日に受けた授業概要の説明であった。そして、全ての講義が終了した今、改めて振り返ると、大企業からスタートアップまで共通するイノベーションマネジメントの要諦が、各回の講義に散りばめられており、それが繋がるように緻密に設計されていたことに気づいた。

また、“技術・オペレーション”の範疇にとどまらない先進的な内容を扱っているがゆえに、本講義の内容は、早稲田ビジネススクール(WBS)の他の講義(とりわけ戦略系)と結びつくことが多く、ハッとさせられる瞬間が何度もあった。

以下では、これらの体験を踏まえながら、本講義から学んだイノベーションマネジメントの鍵について、二つ紹介していきたい。

1. イノベーションを生み出すためのコミュニティの行動規範
一つ目は、コミュニティの行動規範についてである。
WBSは、「ラーニングコミュニティ」を標榜している。これは我々が大学生になるまでに受けてきた、教師が生徒に一方的に教えるという教育方式ではなく、教師・生徒間、生徒・生徒間が相互に学び合う場(=コミュニティ)であることを示している。

本講義では、このコミュニティがどのように成り立ち、強くなるかを実践的に示している。

例えば、本講義の資料では、特定の生徒からインスパイアを受けて、作成された場合はその旨が明記されている(「AI時代にMBAで学ぶべきこと “Inspired by Takenori Sasaki” 」など)。
また、オリジナルのケース教材を使用する際には、「XXというゼミ生と共著した」という点を必ず強調し、全体に伝えてから、内容説明を始めていた。
さらに、各回の講義冒頭では、生徒が講義から得た個人の学びを投稿するオンラインチャットにおいて、質的・数的な面から、特に貢献度が高いと考えられる生徒の氏名を公表していた。
そして、これらの工夫の効果は、各回を追うごとに、講義内およびオンラインチャット上の発言者数・発言数が、飛躍的に増加していく傾向として顕著に表れていた(実際に、WBSの他の講義では、特定の生徒に発言が偏る傾向が共通してみられ、その傾向は、基本的に初回~最終回まで変わることがない場合が多い印象がある)。

上記のコミュニケーション方法や仕組みなどの行動規範は、コミュニティに貢献した相手に対して、敬意を払うことの重要性を示すだけでなく、その敬意を明示的に他のコミュニティ参加者に表すことで、コミュニティが活性化することを明らかにしている。

また、この示唆はWBS講義「企業価値創造型経営」(佐藤克宏客員教授)における、「エコシステムの本質は互恵関係にある」という指摘と繋がっていると考える。

一般的に、コミュニティは「共同体」や「地域社会」と訳され、理解されるが、ただ人が偶発的に集まって、何となく同じことをやる場で終わらせていたのでは、コミュニティ全体としての発展はあり得ない。
コミュニティを、持続的に発展する共存共栄のエコシステムの場へ昇華させるには、互恵関係を意識的につくることが必要である。そして、お互いに恵みがあったという事を、暗黙的に認識するのではなく、誰から恵みを得たか(誰がコミュニティに貢献しているか)を相互に明示することが、求められると考える。

入山章栄教授が「世界標準の経営理論」などで示されているように、イノベーションは、知と知の結合によって生まれる。
学校や企業などのコミュニティ内で、知と知を、一度限りでなく、持続的に結合させていくためには、互恵関係を意識的につくりだす仕組みが必要であり、この仕組みの基礎となるのは、コミュニティに対する貢献者を明らかにし、尊重・賞賛する行動規範であると本講義から学んだ。

2. イノベーションのトレードオフと向き合い方
二つ目は、イノベーションのトレードオフと、それに対する向き合い方である。
シュンペーター が「馬車を何台繋げても、蒸気機関車にならない」と述べている通り、イノベーションは、これまでの延長線上にない変化を、劇的に起こすことだと言える。
そして、イノベーションの巧拙は期間と範囲で決まる。つまり、劇的な変化は、長期間よりは短期間、限定された範囲よりは広い範囲であれば、あるほどビジネスや社会に与えるインパクトが強いと考えられる 。

しかし、このような強烈なインパクトは、根本的に変化を嫌い、慣性を好む性質がある人間、ひいては会社組織、ビジネス環境において、簡単に受け入れられるものなのだろうか。
“イノベーション”がバズワード的に使われ、無条件でポジティブな意味合いと捉えられている昨今、イノベーションが既存の社会システムを破壊する際に、生じる負の側面については、焦点が当てられていないように思える。

本講義では、イノベーションの負の側面、具体的には、既存の社会システムの基盤である、規律(規制)や倫理に対して生じさせる混乱について、正面から向き合い、重点的に討論を行っている。
つまり、「“成功”と評価されるようなイノベーションであればあるほど、既存の規律や倫理などとコンフリクトを起こす」というトレードオフと、どのように向き合っていくかについて、示唆を得ようとしているのである。

今後の受講者へのネタバレを避けるために(と言っても、毎年扱うケースは大幅に刷新されるのが、本講義の特徴である)、網羅的・具体的な内容への言及は避けるが、トレードオフ問題についての議論の例としては、以下のようなトピックがあった。

(1)イノベーション(柔軟性) ⇔ ガバナンス(一貫性)
例えば、(米)Booking.com(旅行予約に係るプラットフォームビジネス事業者)に関するケース教材では、経営者の意     思決定には、組織の規律、ガバナンスを保つために一貫性が求められる一方で、外部環境変化に対応するために、非連続的で柔軟な判断も求められるというジレンマを取り扱った。
既に確立され、社内でも支持されているビジネスプロセスから、逸脱した方法でイノベーションを生み出そうとしている社員に対して、経営層が介入すべきかどうかについて議論を行うことで、示唆を導出した。

(2)イノベーション ⇔ レガシー産業保護
例えば、(印)Cipla社(医薬品製造メーカー)の例では、先進的な製造・販売方法を展開する同社と、規制産業を保護する特許法の衝突を取り扱った。
経済力が不足しているために、エイズなどの生命を脅かす感染症などの治療薬が手に入らない新興国の患者は数多くいる。これに対して、安価に薬を提供するために、特許侵害とも捉えられる製造・販売を行う企業と、それに対し、規制を盾に権利を保護しようする先進国薬品メーカーについて議論を行った。実際に、新興国出身のWBS留学生からの意見も参照することで、理解を深めた。

 また、このようなイノベーションに係るトレードオフ問題について、議論する過程においては、WBS講義「トレードオフ・マネジメント」(淺羽茂教授)にて紹介された思考法が、イノベーション志向が高いスタートアップ企業で実践されていると考えた。

淺羽教授の講義では、具体的に以下のような思考を学んだ。
「トレードオフは、一つの主体が、同時に二つの相反する目的に取り組むことで発生する問題である(例えば、両利きの経営がその典型)。これに対し、シークエンシャル(逐次的)な経営を志向することにより、その同時性を解消することが有効である(つまり、”一つの主体が、同時に~”の同時性を緩め、時間を分けて二兎を追うような戦略を実現する)」

この思考法を本講義に当てはめると、スタートアップの経営者が、当初は規制を軽視するともとれるような強硬的な手段をもってイノベーションを推し進め、スケールアップができた後に、徐々に態度を軟化し、レギュレーションに適応(もしくは、ロビー活動によって、レギュレーション側からイノベーションに適合させる)していくような、マネジメントに移行していく例を複数確認することが出来た。

強烈なイノベーションを生み出そうとすればするほど、それによって生じるトレードオフ課題に真摯に向き合い、どのように両立を図っていくかを思考することが求められるのだ。

おわりに
 デジタル技術の進展によって、大企業・スタートアップ問わず、あらゆる企業にイノベーションを創出できる機会が増加している。イノベーションを生み出すためには、エコシステム的な発想に立った企業組織の構築が求められ、そのためには、互恵を促進する適切な行動規範が欠かせない。
また、イノベーションは、社会から渇望されており、人々の暮らしが便利で豊かなものにしていく可能性がある一方、必ずしも万人に受け入れるものではない。
そのため、イノベーションのマネジメント手法を適切に理解し、実践していく必要性が一層拡大すると考えられる。

本講義は、イノベーションによる事業機会を考える上で、多様な示唆を与えてくれた。(実際に、このコラムで紹介しきれない、本講義で取り扱ったイノベーションマネジメントの鍵は豊富にある(例えば、現場・現物・現実視点での思考(プロトタイプによる仮説検証プロセス))。

そして、その示唆を与えてくれたラーニングコミュニティ(牧先生、受講者の皆様、ティーチングアシスタントの西田さん、Rolaさん、Merckさん、ゲストスピーカーで来てくださった方々全て)に、深く感謝したい。ありがとうございます。


次回の更新は1月14日(金)に行います。