[ STE Relay Column : Narratives 094]
塩月 亨「科学技術と新事業の架け橋を目指して」

塩月 亨 / 早稲田大学オープン・イノベーション戦略研究機構 科学技術と新事業創造リサーチ・ファクトリー ファクトリーマネージャー / 有限責任 あずさ監査法人

[プロフィール]福岡県福岡市出身。中学・高校は幾名の起業家が在籍していた久留米附設で学ぶ。その後、東京大学理科Ⅰ類に入学するが、入学当初より経済方面に興味があり文転。2007年に東京大学経済学部経済学科を卒業。2006年に公認会計士試験に合格し、2007よりあずさ監査法人に勤務。入所後は上場企業の金融商品取引法・会社法の監査を経験した後に、ベンチャー企業のIPO支援活動(監査・アドバイザリー業務)を中心に行っている。また、2015年から2017年にかけてKPMGシンガポールに赴任し、現地企業・日系企業の監査及びヨーロッパ系の大手証券会社への金融アドバイザリー業務に従事。日本に帰国後は、グローバルに展開する大手企業の監査マネジャー業務のほか、引き続きベンチャー企業のIPO支援を中心とした各種成長支援を行っている。その一環としてオープンイノベーションに関する支援体制の立ち上げを実施中。
早稲田大学リサーチイノベーションセンター招聘研究員、早稲田大学オープンイノベーション戦略研究機構 科学技術と新事業創造リサーチ・ファクトリー ファクトリー・クリエイティブ・マネージャー。

 この度、牧先生が立ち上げられました、「科学技術と新事業創造リサーチ・ファクトリー」 ファクトリー・クリエイティブ・マネージャーとして参画させていただくことになりました塩月と申します。公認会計士として業務に従事していく中で、大企業→新興上場企業→IPOを志すベンチャー企業と、だんだんとアーリーステージの企業の支援をさせていただく中で、遂にビジネスの種(シーズ)を見つけ、会社を立ち上げるフェーズの支援にも携わらせていただくことに自分自身非常にわくわくしているというのが率直な気持ちです。これもKPMG Japan全体として大学発ベンチャー支援などのインキュベーション活動を強化する中で、様々なご縁があり、牧先生のこの素晴らしい取り組みに参画することが出来ました。関係者の皆様には本当に感謝しております。今回は、その経緯でこのコラムを書かせていただいております。

個人として感じている本ファクトリーの必要性
 まず、私自身の話となりますが大学在学中に、企業やベンチャー企業のメンバーになって働くという事は考えたことがありませんでした。すでに時代はITバブルを経た後で“ベンチャー企業”というワード自体は全く目新しいものではなく、それなりの市民権を得ていたと思います。しかしながら、意図せずして、それを身近に感じる程度の浸透感はなかったと記憶しております。そのため、理系で大学に入学したにも関わらず物理系・化学系・情報技術系には自分自身のめり込むことはせずに、経済学部に進むという進路を取りました。そこから公認会計士という資格を取得し、監査法人に入所し、一般的な大企業の監査をしていました。その大企業の監査で感じたことは、企業側は将来に対する漠然とした、また時には具現化した閉塞感のようなものを抱いていることでした。過去には、それぞれの企業で中央技術研究所のような次々新しいアイディアを生み出す機関を持っていたのが、次第にその活力を奪われている様は日本の縮図を表しているのではないかと感じることもあります。活力が奪われている原因はメンバーの高齢化や過去の成功体験への思い入れなど様々なものがあるかとは思います。
 私なりの原因分析としては、①技術自体の高度化、②若年人口の減少による新しい知見をもったメンバーの減少、の2つが大きいのではと考えております。
 上記のような既存の大企業が大きな閉塞感を抱いている一方で、IPO企業を支援する業務に従事する中で、多くのベンチャー企業が生まれ、世に飛び出しているという事実にも多く目の当たりしました。それは一昔前に世間一般的に思われていたような、若いIT技術者が既存のビジネスモデルをITにより代替化するというだけではなく、大学で研究されている最先端の知見をビジネスに応用するというものが多くありました。つまり、ベンチャービジネスに使用される技術自体が非常に高度化しているという点です。
 このように、以前よりさらに高度化された技術を理解し、応用できる人材は母集団として少なくなってきています。さらに、将来を考えると若年人口の減少に伴い今後ますます減っていくと見込まれます。このことは、これまで以上に高度化された技術とビジネスを効率よく結びつける必要があるということが考えています。さらにイノベーションの手法、個人の経験則や直感だけではなく、学術的な見地からの手法を導入し確度を上げることも必要不可欠です。
 牧先生が設立された科学技術と新事業創造リサーチ・ファクトリーは、まさに上記の課題を解決するために非常に大きな原動力になると確信していますし、FCMである私もそれに尽力したいと思っています。

大学のオープンイノベーションについて
 まず、世間一般の方のアカデミアに対する心理的な距離が日本は非常に遠いのではと思っています。この原因として私が考えているのは、特に文科系の学生を中心に大学(ここではアカデミアとほぼ同義とします)で学んだことが、その後の企業での活動に生かし切れていないという現実があると思います。一方で、私が2年ほど赴任をしたシンガポールではアカデミアに対する信頼というのは日本とは比較にならないほど大きいと感じました。特に、シンガポール時代の同僚にはシンガポール国立大学(NUS)や南洋工科大学(NTU)出身者が多く、さらに業務の中でも上記の2大学へのサービス提供も実施しました。そこで感じたものは、大学で学んだことを企業活動にできるだけフィードバックしていこうとする事、同じ卒業生通しのつながりを大切にし、そこから新しいものを生み出せないか考えているメンバーが多くいるという事でした。そして、それはアカデミアに対する信頼と共に、アカデミアで学んだ“人”に対する信頼とも考えられます。
 大学内に無数にある科学技術のシーズも、また、新事業の企画・推進も、それを実践する“人”がいなければ始まりません。このファクトリーではアカデミアの知見を“人”にまで浸透させることにより大きな化学反応を生み出したいと考えています。

おわりに
 科学技術と新事業創造リサーチ・ファクトリーという名前が示す通り、科学技術と新事業創造という2つの分野をそれぞれ境界なくつなげることが本ファクトリーの目指すべきところだと認識しています。どちらか一方だけが優れていても世の中に大きなインパクトを与えることは出来ませんが、幸い早稲田大学をはじめとした日本の大学・研究機関及び大企業にはどちらも潜在的な力が眠っていると信じています。私もFCMとして、本ファクトリーが日本の未来の発展に寄与できるよう頑張っていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。


次回の更新は6月5日(金)に行います。