[ STE Relay Column : Narratives 067]
石井 美季「管理人生活~1136号室編~」

石井 美季 /  早稲田大学 牧研究室 

[プロフィール]  牧研究室管理人。 STE Relay Column編集者。  サイト運営担当・及び諸々雑用請負人。
川崎生まれの川崎都民(学校と職場は東京都内)電話級アマチュア無線技士・総合旅行業務取扱主任者・日本サッカー協会公認四級審判員。川崎フロンターレとミニチュアシュナウザーをこよなく愛する。目下慶應と早稲田の違いをほくそ笑む日々。
原稿が集まらない緊急事態に公開する分として執筆(こんなに早く来たかー)

~11号館1136号室~
どちらのエレベーターからも長い廊下を見渡せる、ほぼ中央に位置する黒いドア。
開けるとまずはJackが迎えてくれ、昇り始めた朝日で窓辺にあるAlleyが光って見える光景。このJack とAlleyに水をあげることから1136研究室の一日は始まります。彼らはいつからこの研究室を見ていたのでしょう?初めて会った時は数枚の葉を身に付け寂しそうに下を向いていた… 窓際にいたJackは背丈が倍以上になってしまったので、入口付近に移動して訪ねてくるさまざまな人々を迎えるようになりました。Alleyは日の光で葉が色濃く元気になるので、Jackが退いた窓辺へ移動。でもこの2人の存在に家主が気が付いたのはおそらく最近ではないかと思うのです。先日「ここに緑があるのは結構すき」とのコメントはJackも喜んでいることでしょう。もっとも彼らの名前はこの度初めて公表するのですが。。。

~WBS牧兼充研究室~
彼らに代わって番人をするようになった私は、牧さんが指導する学生さんたちの話を耳にするようになります。興味があること、研究していること、今までの経験や進路の悩みなど、どの場合も真剣で情熱的でどきどきするものばかり。仕事をしながら、でも耳はそちらの会話へ。そして牧さんの人柄と人脈を表すかのごとく、人の輪が大きい。耳にする固有名詞、専門用語はなぜか違和感がなくあたかもはるか昔からここの番人でいたかのような錯覚に捕らわれてしまうのはなぜでしょう?
牧さんはSFC(慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス)で高校から助手・助教までという長い期間を過ごされており、おそらくその三分の一(半分?)を私も同キャンパスで過ごした経験があります。元々慶應義塾大学ビジネススクールへ赴任された國領二郎教授の研究室番人をしていました。その頃子育て真最中であったため、自宅からスクーターで10分という職住近接な好条件に飛びついたのです。経営情報システムの研究室に社会心理学・宗教学専攻の番人など役に立つのだろうか?と疑問ではありましたが、常勤の必要はないが大学の雑雑とした業務を遂行するアシスタントが必要とのことで、育児休業もなく突っ走っていた人生にブレーキをかけつつお世話になることにしました。読者のかたが驚くだろうWindows3.1が出たと真っ先に購入した時代です。それまではMac一筋。新しいオモチャ(と研究室では呼んでいました)が出るとまずは何でも試す、という、経営学研究室にはあまりない?ユニークさで、今ではどこでも行われる遠隔会議も、セコムから企業研修で入学したゼミ生を中心としたプロジェクトを立ち上げ、赤坂アークヒルズの地下会議室と日吉キャンパスをつないだ実験授業を行うという「斬新な」試みをしたのでした。
そんな「スピード感」のある研究室でオープンだの、イノベーションだの、アントレプレナーシップなどという聞きなれない言葉を耳にしながら、やはり相談に来る学生さんたちの話を聞いていました。KBSは修士論文と並行して研究対象となった企業に関するケーススタディの執筆もマストであったため、特色のある企業の話も多く、「あの企業はこんなこともしていたんですね」と興味を示すと、次の取材には同行させてくださり、ケースの下書きをさせていただいたことも。このような教授のご好意に甘え培った経験は、このたびケース作成のドラフトを書かせていただいたことにも繋がります。JST-RISTEX科学技術イノベーション政策のための科学「スター・サイエンティストと日本のイノベーション」の研究活動の一環として、日本のサイエンティストの一人、冨田勝氏のケースを作成するプロジェクトがありました。インタビューの音声やメモをいただき、作成の方向性を確かめた上で「お話風」に書き始めましたが、書くための素材を集めているうちに「サイエンティスト冨田勝」にのめりこんんでしまい、古い著書から最新のビジネス誌まで相当数を読破して、まるで直接お会いしたかのような親近感を持ってしまいました(ずうずうしいこと極まりない)。完成したケーススタディが下書きの痕跡がないほど素晴らしい文章に仕上がっているのは執筆者の佐々木達郎さんのおかげですが、冨田氏のような指導者が存在すること、またその指導を受け自由な発想を伸ばした学生が社会のため・世界のために重要な研究を続けていることに感動を覚えました。これもひとえにリスクを承知でチャンスを与えてくださった牧さんの度量につきると感謝しております。また、サイトの管理・運営を仰せつかっていることから、新作のワーキングペーパーやケーススタディの編集にも関わらせていただくことで、未知の領域であった企業戦略やマネジメントも知ることができ、あたかも自分も授業を受けたかのような体験を積んでいったのです。

~門前の小僧習わぬ経を読む~
近年、ご縁あって牧研究室のお世話になっていますが、固有名詞やカタカナ用語に違和感はなく、それどころか「あの人は今」的な、なつかしい人たちがたくさん登場しています。國領教授は牧さんの指導教員であったため、周辺の人間関係が似通っているのに不思議はないのですが、一度通った見覚えのある道のような。。。そう。あの頃の國領教授は30代後半。新しいオモチャを試しては突飛なアイデアを思いつき、常に新しいことにチャレンジされていました。実験授業のような公の事柄は事前に周到な根回しをされていたので、大御所教授陣からお目玉をくらうことはありませんでしたが、新しいことをする者は叩かれるもの。この姿が牧さんに似ていると最近思いついたのです。ZoomやSlack、AIや3Dプリンターといった新しいTechnologyを駆使し、他の人が思いつかない斬新な授業を行う。國領教授は常に「自分は学生時代からずっと同じ研究をしている。そこへ時代がわーっと寄ってきたんだ」とおっしゃっていましたが、牧さんもそうではないかと思うのです。自分が興味のあること、面白いと思うことを追及してきた結果、それを「面白い」と思う人が増えてきたのが現状ではないでしょうか?
ここ、早稲田キャンパスに通うようになってから、慶應時代のことをよく思い出します。一般的にもよく比較される二校ですが、
*慶應大学と略してはいけない。「義塾」がおおきな意味を持っている
*〇〇先生とは呼ばず〇〇さん。先生は福澤諭吉先生のみ。(『牧さん』由来はココ?)
*塾内便であり学内便ではない(早稲田に来てから度々「塾内便」と呼び怪訝な顔をされる…)
*慶早戦であり早慶戦ではない。
いずれも職場に敬意を払う意味で気を付けていましたが、青山学院で16年という長い学生生活を送った身にはどうでもよいことでありました(前塾長の清家篤氏は高等部まで青学だったのだが…)ゴメンナサイ

~Narratives~
このColumnの名称でもあり、牧さんの授業で最近多く語られる名詞。よく「人は食べたものでできている」という節を耳にしますが、このNarrativesを聞くたびに「人は経験によってできている」という言葉が頭をよぎるのです。自分から切り開いた決断ばかりではないけれど、その時々の状況や選択肢で生きる道を決めてきたと思っています。その決断は何を一番大切なものと考えるかによってくだされてきたのですが、自分が必要とされる場に導かれていったと感じています。実際にする仕事の内容はなんでもよかった、というと投げやりに聞こえるかもしれませんが、それが一般的には雑用であっても学ぶ物は多かったし、それが後の自分の経験値となって生かされていると思うのです。今では珍しくない在宅勤務も大学研究室だからこそ20年前から行われていたし、PCと携帯電話を常備して「バーチャル秘書」を続けていたことで、常勤正社員に復帰した時も感覚が衰えることはなかったと(自分では)思っていました。
英国系外資企業勤務の経験はその後に英国王立大学MBAプログラム運営を任されるきっかけになりましたし、今こうして早稲田大学のMBAに係れるのは、その時の経験が大きいと感じています。好奇心旺盛でなんでも引き受け、できないと言えない負けず嫌いな性格も手伝って、未知なことでも綱渡りしながら仕事を前に進めて来れたのも、あらゆることに挑戦させてくださった國領先生や牧さんの広い心のなす業だと信じています。

今の経験もNarrativesの一部になるので、このColumnの読者の方々と直接お会いしてお話を伺う機会があればと願っております。ぜひお気軽に研究室へ遊びにいらしてください!Jack とAlleyもお待ちしております。

追伸:期限内に原稿書くってタイヘンですね。。。いままで執筆いただいた方々、うるさく催促して申し訳ありませんでしたm_m

 


次回の更新は11月15日(金)に行います。