[ STE Relay Column : Narratives 049]
岡村仁弘「牧ゼミで目指すもの-京大職員が早稲田でMBAを取る理由-」

岡村 仁弘 / 早稲田大学経営管理研究科在学中 

[プロフィール]1984年生まれ。大阪府出身。大学卒業後、銀行員を経て、国立大学法人京都大学に入職。現在は、理学研究科や農学研究科を所管する北部構内事務部にて、科学研究費助成事業(科研費)を担当。
2019年4月より、京都大学を休職(自己啓発休業)し、早稲田大学大学院経営管理研究科(全日制グローバル)に入学。牧ゼミ所属(M1)。

はじめまして。
牧ゼミ所属の岡村と申します。
私は現在、勤務先の京都大学を休職し、早稲田大学大学院経営管理研究科(以下、WBS)で、主にアントレプレナーシップについて学んでいます。
なぜ、現役の京大職員が早稲田でMBAを取得しようと考えているのか。
誰もが疑問に抱くであろう、その理由について順を追ってお話したいと思います。

銀行員になったわけ

私は、2007年に大学を卒業後、地元大阪の地方銀行に入行しました。外資系コンサル、外資系投資銀行・・・。華やかな世界に憧れ、就職活動に精を出していた当時の私ですが、1つ気になることがありました。「あれ、面接会場は東京だけなの?」関西には数多くの大学があり、中でも私の勤務する京都大学や地元の名門・大阪大学などは全国有数の大学です。それでも、外資系コンサル、外資系投資銀行の面接会場は東京のみでした。「関西って軽視されているのかな…」そこから大阪経済について詳しく調べてみると、登記上は大阪に本社を置いているが、実質的には東京に本社機能を置いている企業が数多くある
ことを知ることになりました。当時、その詳細について書いた「あの大阪は死んだのか」という書籍を読んで、人知れず涙を流したことは、今でも覚えています。「銀行員となって、第二のソニーやホンダを産み出し、大阪経済を復権してやろう!」そうした思いが芽生えた私は、志望業界を地元大阪の金融機関に変更し、運よく、大阪地盤の地方銀行に内定を頂き、銀行員として社会人生活をスタートすることになりました。

リスクを取れない銀行員

銀行入行後、預金課、融資課を経て、法人営業を担当する渉外課に配属され、夢の実現に向け、その第1歩を踏み出しました。しかしながら、すぐに大きな壁にぶつかりました。「マル保融資を推進せよ!」マル保融資とは、信用保証協会の保証がついた融資のことです。その意味を分かりやすく言えば、慎重に融資の可否を判断するプロパー融資(銀行がリスクをとって融資を実行する)ではなく、貸し倒れリスクを保証協会に丸投げし、信用リスクを考慮せず、1件でも多くの融資案件を取って来いというものです。ただ、当時の経済状況を考えれば、それは無理もありません。当時はリーマンショックの直後であり、月商が前年比の1/4程度にまで落ち込んでいる企業が数多くありました。その様な状況では、多大なリスクを背負うプロパー融資は、非常に大きなリスクがあります。「銀行だったらリスクを負うのは当然だろう!」というお叱りを受けるのはごもっともですが、銀行としてもお客様からお預かりした大切なご預金を運用して融資を行うわけですから、過大なリスクテイクに消極的になるのも否めないのです。実績のある得意先企業への融資ですらそうなのですから、ベンチャー企業の融資に関しては、言わずもがなです。そんな時代は何年も続きました。

大学職員になったわけ

銀行に入行して数年経ち、当時の私は法人融資の現場を離れ、富裕層向けのリテール営業に従事していました。大志を抱いて入行した私ですが、入行時の理想を忘れ、日々の職務に忙殺されていました。当時二十代後半の私は、銀行員生活に疲れ果てていました。「このまま銀行にいても、自分の理想は実現できないだろうな。もう辞めよう。辞めて行政の立場からでも、関西の企業を応援しよう。」ある種、消極的な理由も入り交じり、転職を考え始めました。そんな折、知り合いから京都大学が職員採用の募集をしていることを教えられ、試しに採用試験を受けてみることにしました。採用試験の準備をする中で、大学
が社会に果たす役割の大きさに気付き、京都大学に強く興味を惹かれるようになりました。そして、運よく採用の内定を頂き、銀行を退職し、大学職員として新たなスタートを切ることになりました。ちなみに、大学が社会に果たす役割については、後述いたします。

私が考える大学が社会に果たすべき役割

大学が社会に果たす役割は、大きく分けて2つあると思います。まずは教育です。京都大学の場合、研究者の養成および官公庁や産業界のリーダー育成の役割を負っています。次が研究です。京都大学はノーベル賞受賞者を多数輩出している世界有数の研究大学です。京都大学は、その研究成果を社会に還元する役割を負っています。研究の分野に関して、1つ疑問に思うことはありませんか?「研究成果を社会に還元するとは、どういう意味なのだろう?」これには様々な議論があります。その代表例が、大学は基礎研究を行う場であるというものです。「民間企業が手掛けにくい基礎研究を行うことこそが大学の役割
である」というのは、もっともな意見だと思います。しかしながら、大学は基礎研究だけしていればよいという意味ではないと私は思うのです。例えば、米国スタンフォード大学は、Googleの検索エンジンの中核技術「ページランク」の特許を今でも保有しています。スタンフォード大学は、Googleの成長に大きな役割を果たしてきました。こうして、大学で生み出された研究成果を社会に還元し、製品化していくことも、基礎研究と同じように、大学の大きな役割だと思うのです。日本でも、㈱ユーグレナやペプチドリーム㈱など、数社の大学発ベンチャーが生まれましたが、その数は米国に比べても限られています。

京大職員が早稲田でMBAを取る理由

「京都大学で、銀行員の時に果たせなかった夢を果たすんだ!」と意気揚々と転職しましたが、最初の配属は京大本部の財務部で、学納金を管理する仕事でした。そして、次の異動先は、理学研究科や農学研究科を所管する北部構内事務部で科研費という国の助成金を管理する仕事でした(この異動は意に沿ったものではありました)。2,000人以上の職員(教員を除く)を擁する京都大学においても、大学発ベンチャーの支援を行う職員は、ほんの数名しかいないのが現状です。その狭き門をくぐるためには、大学発ベンチャー支援の仕事を行う資質があることを証明する必要があります。そこで、早稲田でMBAを取得する決意をいたしました。ちなみに、WBSを進学先に選んだ理由は、牧先生がいらっしゃったことが非常に大きいです。私自身、アントレプレナーシップを専門とする教員の下で学びたいという意思が強かったのですが、牧先生の研究テーマは「科学技術とアントレプレナーシップ」で、京都大学の研究シーズを事業化したいという私の研究テーマにドンピシャでした(※社会人として適切な言葉遣いではないかと思いますが、合致度を表現するためにも、是非ドンピシャという言葉を使いたいと思います。)牧先生がいなかったら、WBSへの進学はおろか、MBAを取得することを思い留まっていた可能性もあります。

牧ゼミで目指すもの

私は、京都大学から派遣されているわけではありません。自分の意思で仕事を休んで来ているわけですから、学費や生活費の補助はおろか、休職中の給与も全くございません。WBSに来てからというもの、周囲の方からアクティブだと言われることが多いですが、自分なりに必死で学んでいるからかもしれません。誰かに頼まれたわけでもないですが、京大発ベンチャーにかかる仕事を背負ったつもりで、日々頑張っています。牧ゼミでは、数多くのゲスト講師が来てくださり、その中には、シリコンバレー在住の現役のベンチャーキャピタリストや大学系VCの社長などもいらっしゃいます。牧ゼミでしか得られない出会いがたくさんあります。このご縁は、是非、京都大学に戻ってからも生かしたいと思います。次に、ゼミ生についても触れたいと思います。私は、デイタイム(留学生主体)とイブニングタイム(現役の社会人学生主体)の両方のゼミに参加させて頂いていますが、ともに優秀な方がとても多いです。特に、イブニングクラスは、WBS屈指の強者揃いだと感じています。皆、私と全く違うバックグラウンドをお持ちなので、日々勉強させて頂いています。最後に牧先生についても触れたいと思います。私は、牧先生の下で学ぶためにWBSに来ましたが、期待以上のものを得られています。豪華なゲスト講師を呼んでくださったり、一流の研究者として適切なアドバイスをくださるだけでなく、情熱的にご指導頂いています。例えば、デイタイムの学生全員と期中面談をしてくださったり、GWにまでFacebookのメッセンジャーでアドバイス(半日くらいの間やりとり)をくださる先生は、世界広しといえども、牧先生以外にいらっしゃらないのではないかと思います。牧ゼミで得られる知見や人脈の全てを自分のものにできるわけでは、決してありませんが、少しでも自分のものとして、京都大学に持ち帰りたいと思っています。


次回の更新は7月12日(金)に行います。