[ STE Relay Column 028]
松田 弘貴 「 スタートアップエコシステムのグローバルスタンダードをいかに日本に根づかせるか?」

松田 弘貴 / Sozo Ventures 

[プロフィール]1986年岐阜県生まれ。現在、シリコンバレーのVenture Capital FirmであるSozo Venturesにて投資先選定、日本企業との事業連携を中心とした投資前/後のスタートアップ向けValue Add、アメリカ市場でのVC投資動向分析などに携わる。フォーカス領域としてはFintech、Healthcare IT、Enterprise SaaS、AI/Automation。業務の傍ら、早稲田大学 ビジネス・ファイナンス研究センターの招聘研究員として、牧兼充准教授と共にシリコンバレーにおけるスタートアップエコシステムの研究や早稲田大学ビジネススクールでのVenture Capital Formationの授業の運営のサポートに携わる。Sozo Ventures参画前は、アクセンチュアの経営コンサルティング部門に所属し、主に日本の大企業向けの全社改革、組織改革、業務改革のプロジェクトに従事。慶應義塾大学商学部卒業。University of California, San Diego, School of Global Policy & Strategy修了(国際関係学修士)

サンディエゴ生活とSozo Ventureとの出会い
シリコンバレーのベンチャーキャピタル(以下VC)で働いていると、日本の方から「MBAを取られてのご転職ですか?」という質問をよく受けます。しかしながら、経歴にもあるように、一見VCには程遠い国際関係学(+公共政策)を、これまた日本人には遊びに行くところと思われているサンディエゴで学びました。

もともとは「『地方創生』(もはやバズワードになりつつありますね)に関わりたい」、「強い地域を作りたい」、「民間で得た経験を公共分野に役立てたい」というモチベーションで大学院留学を決意しました。サンディエゴを選んだ理由はいろいろあるのですが、「冷戦後、ミリタリー中心の地域からBiotechを中心とした新しいテクノロジーの地域へうまくトランスフォームした地域」(かなりざっくりと言うとですが)というのが、今後の日本の地方都市を考える上で非常に重要になると思い、いくつかの留学先の中から最終的にサンディエゴを選びました。大学院卒業後のキャリアは留学中もずっと考えていたのですが、心のどこかで「特定の地域に携わるよりは、日本全体のイノベーションに関わりたいのでは?」という思いがくすぶっていました。

今思うとキャリアと言うか人生において大きな意思決定のきっかけとなったのが牧兼充さん(以下牧さん)でした。牧さんとは同じ大学の先輩/後輩(当時は牧さんが早稲田に行くとは夢にも思いませんでしたが)で、一言では関係は語り尽くせないのですが、夜中にラーメンを食べに行ったり、真面目な話をしたり、個人的な相談に乗ってもらったりと非常にお世話になりました。

当時牧さんは一足先にシリコンバレーに移られていたのですが、卒業数ヶ月前のある日、 牧さんからMessengerで突然メッセージが届きました。曰く、「シリコンバレーのVCで人を探しているんだけど、興味はないか。給与は$XXX-$XXXくらい。業務はまず投資対象に関するリサーチ。ただ融通は効く」。当時の私は恥ずかしながらベンチャーキャピタルのベの字も知らず、シリコンバレーにも行ったことなく、日本に帰る気満々だったので「興味はありますが、、、」と曖昧な返答を繰り返していました。ここからが牧さんのすごいところなのですが、「このキャリアを選ばない意味がわからない」(というニュアンスのお言葉)、「僕が同じ立場であれば二つ返事でオファーを受けたいくらいの話」、「できない理由を探すのは簡単、できる理由を探したほうがいい」 、「とても良いチャンスなんだから、まずは話を聞いて、オファーをもらって、それから断ってもいいんだから、その時に決めるべきことであって今決めるべきじゃないのでは?」と親身にプッシュしてくれました。当時は「家族のこととかもあるのにそんな簡単に決められないよ、、」とも思ったのですが、今思うと牧さんからの熱いプッシュがなければ現在のキャリアやアメリカでの暮らしを選んでいなかったので、大変に感謝しています。

最初の面接も、「まずは話を聞くだけ」という認識でまったく採用面接だとは想定しておらず、コロラドからサンフランシスコの電車旅行の帰りにSozo Venturesのオフィスに立ち寄りました。人生とはわからないもので、その後話がトントン拍子で進み、気がつけばSozo Venturesの一員としてシリコンバレーで働くこととなりました。
(決断までにすごい時間がかかった記憶もありますが、よくよく思い返すと、アドバイスもあってか、「この環境で働きたい!」と思うまでに数日しかかからなった気がします。何か感じるものがあればまずは意思決定をした上で、その後アジャストするというのは少なくともキャリアにおいて重要なことだと改めて思います。後述のベンチャー投資では、なにか感じたからとりあえず投資!ではだめなのですが。)

シリコンバレーのVCファームでの仕事
「Sozo Ventures」という名前を耳にされたことがある方はどのくらいいらっしゃるでしょうか。おそらくとても少ないのではないかと思います。かいつまんで言うと、「日本の大企業を中心とした投資家からお金をお預かりし、アメリカのスタートアップのうち、トップクラスのVCから投資を受け、かつ国際展開を志向している会社に投資を行う」VCファームになります。

ベンチャーキャピタルというと、「プレゼンを聞いて、すぐに投資可否を判断する」とか、「イベントでいろいろなスタートアップと会う」といった、ともすれば華やかな世界を想像されると思いますが、少なくとも現在の仕事はその対極にあります。日本では「スタートアップ」、「オープンイノベーション」という領域になるとびっくりするぐらい敷居が下がる(≒チェックがゆるくなる。意思決定の時間軸が極めて早くなる。場合によってはゼロチェック。スタートアップへの投資はリターンではなく「志」が大事)ケースをよく耳にしますが、個人的には不思議でなりません。Sozo Venturesもそうですし、我々が普段から日常的にお付き合いをしているシリコンバレーの有力VCファンドは長い時間をかけてスタートアップと関係構築をし、投資検討に際しては入念なインタビューやレファレンスを行います。日本では、「シリコンバレーではスピードが命。48時間以内に投資の意思決定をする」という 噂を耳にしますが、この話には重大な情報が欠落しています。事実として、スタートアップや別の投資家都合により、数日間での最終意思決定を迫られるケースは存在します。しかしそういったケースは「今まで何ヶ月も関係を構築してきた会社に限られる」といっても過言ではありません。「初見の会社に48時間以内に投資する」といったケースは、Sozo Venturesもそうですし、有力VCであれば皆無と言ってよいでしょう。

WBSとの協業
今までのお話の中でいくつかの「日本でシリコンバレーやVCに関して言われていること」と「実際にシリコンバレーで起こっていること」の乖離の例を出させて頂きました。こういった状況を踏まえ、「シリコンバレーのスタートアップエコシステムと日本のスタートアップエコシステムの乖離」を大きな問題意識として感じています。日本ではオープンイノベーションやスタートアップ育成の議論が盛んですが、起業家と大企業の連携のみに焦点があたり、その他の重要プレイヤーである投資家とアカデミアを巻き込んだ議論や取り組みが不十分ではないかと思います。また、日本では投資評価、投資条件、アントレプレナーシップ教育など、スタートアップエコシステムに関わる様々な面でグローバルスタンダードとの乖離が起き始めているのではないかとも感じています。

このような事例を「ガラパゴス」の一言で片付けてしまうことは簡単です。しかし、「グローバル市場を狙いたい日本のスタートアップが投資条件の面で海外の投資家からそもそも相手にされない。なぜならば、既存の日本の投資家から受けた投資が例外ケースまみれで、検討の俎上に乗せることが出来ない 」といった実例も多く耳にします。日本のスタートアップシーンは過去にないほどの盛り上がりを見せていますが、これを一過性のものにしないためにはグローバルな市場とのつながりが重要ではないでしょうか。グローバルな市場とのつながりのためにも、「グローバルスタンダードであるシリコンバレーを中心とした北米のスタートエコシステム」を教育という形で広めていけないかと強く感じます。

牧さんにもこういった問題意識に共感して頂き、幸いにもいくつかのプロジェクトが走り始めています。Sozo Ventureだけでなく、全米最大の次世代ベンチャーキャピタリスト育成機関でもあるKauffman Fellows Program(Sozo Venturesの共同代表であるPhil Wickhamが長年CEOを務め、Sozo Ventureの主要マネジメントもこのプログラムの卒業生)とも適宜連携し、日米のベンチャーエコシステムに関する共同研究プロジェクトを開始していく予定です。このプロジェクトでは、早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センターに設置されている科学技術とアントレプレナーシップ研究部会が中心となり、日本におけるイノベーションの促進を目指し、米国のベンチャーエコシステムの成立過程、成功メカニズム、イノベーション促進のための資本形成、日本のスタートアップエコシステムのグローバル標準との乖離と解決策などを主な研究対象とします。特にVCの運営手法、VCファンドへの出資に関する方法も検討します。具体的には、米国での最新事例を踏まえ、VCファームの投資領域の選定方針、適切なファンドサイズ及び投資サイズ、ファンドの投資家(LP)の選定方針、ファンドの投資家(LP)向けの適切なサービス、VCファームのPR戦略、投資対象スタートアップの選定方針、VCファンドへの出資の際に留意すべき項目などの研究を予定しています。

またこの取り組みの一環として、Sozo Ventures共同代表で、Kauffman Fellows Program会長のPhil Wickhamが、早稲田大学の客員教授に就任し、早稲田大学ビジネススクールの学生向けに2019年の2月に全15回の授業を行います。授業は英語で、「米国のベンチャーエコシステムの成立過程」、「米国のベンチャーエコシステムの基本メカニズム」、「米国のベンチャーエコシステムの最新トレンド」、「米国と日本のベンチャーエコシステムの差異」、「イノベーション促進のための資本形成(Capital Formation)」など、イノベーションを促進するために必要な基本知識や最新事例を幅広く扱います。尚、Wickhamは2018年春と2019年春にスタンフォード大学のスクール・オブ・エンジニアリングでもイノベーションやVCに関する授業を受け持っており、スタンフォード大学との協業で得られた授業コンテンツや知見も本研究や授業に反映する予定です。またオープンイノベーションの必要性の高まりも鑑み、授業テーマに合わせ、日本を代表する各産業界のキーパーソンとのセッション、日本進出済みの米国のトップスタートアップ企業とのセッション、米国のプロフェッショナルファームとのセッションなども実施予定です。加えて、活動の成果として、Sozo Venturesと共同で、ケース教材の開発も予定しています。こちらの取り組みにはWBSの学生である林田 丞児さんにも関わっていただいています。

今後実現したいこと
現在はシリコンバレーに身を置く身ではありますが、様々な形で日本のイノベーションや企業価値の向上に関わっていきたいと思っています。日本型経営や、日本の大企業の競争力低下の問題は正直なところ構造的かつ経路依存的な面があり、特効薬が見つからないのも事実です。一方で、スタートアップエコシステムに関しては、日本では黎明期であり、教育を通じて人々や企業の意識を変え、ルール化していくことがまだ可能な段階だと思っています。早稲田大学やWBSとの協業を通じて、そういった流れの一助になることができればとても光栄です。牧さん、林田さん、牧ゼミの皆さん以外にも今後様々な場面でご一緒させて頂くことも多いと思います。今後共どうぞ宜しくお願いします。

 


次回の更新は2月8日(金)に行います。次回はTomoya Ookadoさんによるコラムです。