[ STE Relay Column : Narratives 217]
大森 峻一「サンディエゴへの訪問を通じた価値観のアップデート」

大森 峻一/ 早稲田大学 創造理工学部経営システム工学科・准教授

[プロフィール]数理的な手法を活用したオペレーションの効率化・最適化の研究に従事。近年ではデータ活用・レジリエンス・サステナビリティを中心に意思決定支援ツール開発やアルゴリズム開発の研究を実施。ロジスティクス・サプライチェーン領域を中心に企業との産学連携プロジェクトを多数実施。アメリカ・タイ・ヨーロッパなど海外の企業・大学との共同研究・国際交流プロジェクト運営にも多数実施。早稲田大学グローバル生産・物流コラボレート研究所所長、価値創造研究所研究員、データサイエンス研究所研究員。日本生産性本部、中小企業大学校などにて講師を担当。所属学会は日本経営工学会、INFORMSなど。


 早稲田大学・創造理工学部・経営システム工学科の大森と申します。2021年度から、牧さんと様々なコラボレーション(以下、コラボ)の機会を頂いており、その中で自分自身の価値観が大きく変わる様な学びを得ることができました。この度、牧さんにコラム執筆の機会を頂き、牧さんとのコラボのきっかけとともに、特にサンディエゴでのコラボを中心にまとめさせて頂きました。2022年夏にサンディエゴを訪問する機会を頂き、様々な研究者や企業の方を紹介して頂きました。2023年夏に再び訪問する機会を頂き、本コラムは、その訪問中に書いております。今回の訪問では、研究室の学生も同行してもらい、私自身が感じた刺激を感じてもらいたいと考えています。また、来年度以降は自分自身もより多くの学生を連れてツアーを組めるように、計画をしており、牧さんにも協力を依頼しています。以下、その様に至った経緯について、まとめました。

 

牧さんとのコラボのきっかけ
 牧さんとは、早稲田大学のアントレプレナーシップ教育の教員研修プログラムT-UNITEで、初めてお会いし、ご一緒させて頂きました(島岡先生はじめ主催者の方には、貴重な機会を頂き、感謝しています)。プログラムの中でStanford大学d.schoolによる研修があり、その最終課題として、教員2名でデザイン思考のワークショップを開催するというものがあり、そこで牧さんとペアを組ませて頂きました。
 講師から与えられたワークショップのテーマは、デザイン思考ではお馴染みのRedesign the gift-giving experience (ギフト体験を再設計する)というものでしたが、牧さんから「せっかくなので新しいことに挑戦してみよう」と提案を頂きました。様々な議論をした結果、私の研究テーマの1つであるアパレルのサプライチェーンのサステナビリティに関する内容を扱うことにしました。また、この様な社会課題を扱うための方法論として、研修講師のThomas Bothが開発したシステム思考とデザイン思考を組み合わせたDSS (Designing for Social Systems)というツールキットがあることを知り、その内容を取り入れたワークショップを何度も議論を重ねて開発しました。結果として、私達のペアだけは内容も方法論も、他の班とは全く異なるワークショップを開催することになりました。当日終わってみると、自分たちにとっても納得がいき、また非常に学びの大きいワークショップとなりました。振り返ってみると、このワークショップ開催の準備を通して、自分たち自身が研修で習ったデザイン思考の原則を実践できていたことに気づきました。

①問題を再定義する(Reframe the problem)
②試行錯誤から学ぶ(Learn by doing)
③他人から学ぶ(Learn from others)

①については、与えられた課題をそのまま受け入れるだけでなく、「自分自身の学びをどう最大化するか」という研修本来の目的を考えて形を変えたことで、様々な新しいアイディアを考えることができました。また講師の皆様も、言われた宿題とは全く異なることをやろうとした私達に対して、受け入れて、とてもポジティブなコメントをしてくださったのも大きかったです。②については、新たな課題や教材を作る必要があり、研修で習ったことを様々な形で自分たちのワークショップに活かせる様に議論をしたことは非常に勉強になりました。③については、牧さんの授業の準備の仕方、当日のファシリテーション、授業のカルチャーの作り方など様々なことを学ぶことができました。
 この様な学びの機会をきっかけに、研修後も、お互いの授業に登壇をしたり、合同ゼミを行ったり、合同のスタディツアーを行ったり、様々なコラボの機会を頂くことになりました。

 

サンディエゴへの訪問
 コラボの一環として、2022年夏に、牧さんにサンディエゴにお誘い頂きました。ちょうどコロナで海外への渡航制限が解除しつつあるタイミングでしたので、久々に海外に行きたいという思いもあり、すぐに訪問を決めました。
 訪問の大きな目的の1つとして、新しい研究テーマの方向性を見つけることでした。ちょうど私は早稲田のテニュア(任期なし)の教員に決まったばかりの段階でした。前述のワークショップの準備の際に、牧さんから「テニュアを取ったら研究テーマを変えなければいけない、というつもりで新しい研究にチャレンジした方が良いよ」というアドバイスを頂いていました。これは、牧さん自身も指導の先生に言われた言葉だと聞きました。テニュアの職に就くまでは研究業績を積み重ねることが重要なのですが、それ以降は短期的な研究成果を求めるのではなく、新しいことに挑戦をした方が良いということでした。ちょうど私の専門のオペレーション分野においても、スケジューリングや在庫管理といった古典的なテーマの論文数が減少してきており、社会的にも製造業中心の社会から変革していることから、新たな方向性を模索すべきタイミングでした。
 またもう1つの目的としては、大学を中心としたエコシステムについても学ぶことでした。私自身が、新しく研究室や授業を立ち上げるタイミングでもあり、また早稲田大学のアントレプレナーシップ教育にも携わる機会を頂いていることから、UCSDにおけるエコシステムというものを学びたいと考えていました。

 

サンディエゴならではの研究
 サンディエゴでは、様々な人を紹介して頂き、とても大きな刺激を頂きました。牧さんの博士課程での指導教員でもあったUCSDのVish Krishnan教授とのミーティングの際には、研究の方向性についても相談させて頂きました。その際に、「もし私があなたの立場だったら、日本の企業を救う様な研究をする」というアドバイスを頂きました。彼の研究グループは、特にイノベーションや研究開発分野を効率的に進めるためのオペレーションの研究を開拓してきた方々であり、サンディエゴに拠点を置くQualcommをモデルとした半導体産業のサプライチェーンの研究や、イノベーションコンテストの設計に関する研究を行っており、彼自身がサンディエゴの土地や企業の助けとなる様な研究を続けてきたことを紹介して頂きました。UCSDでオペレーションやサプライチェーンを専門にしているShin Hyoduk教授とのミーティングの際にも、「我々はイノベーションの土地であるカリフォルニアで研究をしているのだから、カリフォルニアならではのオペレーションの研究を目指している。MITをはじめ、世界には様々な優れたサプライチェーンの研究や教育プログラムもあるが、他の場所と同じ様なことをしていては意味がない」という言葉を仰っていました。Apple やGoogleなどでサプライチェーンのマネージャーを歴任され、UCSDのInstitute for Supply Chain Excellence and InnovationのChairを務められているHalen Wangからは、サンディエゴがメキシコ国境の都市であることから、アメリカ企業におけるメキシコを中心としたサプライチェーン活用の可能性について、様々な企業とワークショップを通して議論をしている情報を共有して頂きました。これらのことから、どの方もサンディエゴという土地を強烈に意識し、その周辺にある企業の助けになる様に研究をされていることに気づかされました。自分自身も、世界のことも知りながらも、欧米の研究の輸入学者になるのではなく、日本発の研究をできる様に改めて努力しようと気づかされ、自分自身の価値観が大きくアップデートされました。

 

サンディエゴで出会った日本人の方々
 また、サンディエゴで様々な日本人の方も紹介をして頂きました。お会いした方々それぞれが、アメリカの厳しいジョブマーケットの中で、自分なりの価値を作り生き抜いてきている様子を聞き、とても刺激を受けました。皆さんそれぞれが、仕事における基準の高さや、競争の激しさなどを口にされていたのが印象的でした。個人的には、自分の実力よりも「ちょっと高い」目標設定をすることが、自分自身が充実した時間を過ごすためには重要だと感じています。一方で、早稲田大学の卒業生の方とお話する中では、「もっと挑戦したいのに、できていない」という悩みを持たれている方もおり、仕事で求められる基準が本人の実力よりも低く、十分に才能を活かしきれていないと感じている様なケースも少なくない様に感じます。この部分の差が全体として産業力の差につながるのではと感じています。
 また、帰国後に、自分たちの学生と接する中で、彼らの就職・キャリアに対する考え方を聞いたり、議論したりする機会が何度もありました。私自身は、聞かれない限りは「こうした方が良い」ということをあまり言うタイプではなく、自分らしいキャリアや人生を選択してもらえたら、それでよいと考えています。そして、自分としては、その選択肢を広げられる様に、様々な経験をして実力をつけることや、色々な方々の話を伺い、その中で自分が目指したい姿(また目指したくない姿)をイメージする機会を作り、学生のサポートをしたいと考えています。ただ、いざ就職活動の段階になると、学生が得る情報ソースが似通っていることもあり、殆どの学生が同じ様な選択肢、そして選択になっている様に感じています。もし海外で活躍する様々な方の話を聞く機会がもっとあれば、より選択肢もキャリアも違ったものになるのではないかと感じました。この様なことから、学生が現地に直接行き、様々な方のお話を伺い、私が感じた様な刺激を感じてもらう様な機会を作って頂きたい、ということを牧さんにお願いしたところ、快くご協力頂きました。牧さんをはじめ、貴重なお時間作って頂く方には非常に感謝しています。サンディエゴの自由な雰囲気の中で、自分と違う世界でチャレンジされている方の考え方・学び方・生き方を、直接お話をすることで感じてもらい、キャリアや人生の価値観が大きく変化する様な体験をしてもらえたら、とても嬉しく思います。

 


次回の更新は9月22日(金)に行います。