[ STE Relay Column : Narratives 210]
片田 洋平 「エビデンスで語る文化への挑戦」

片田 洋平 / 早稲田大学経営管理研究科

[プロフィール]1986年生まれ。千葉県市川市出身。慶應義塾大学大学院理工学研究科修了後(工学修士)、2011年に新卒で東海旅客鉄道株式会社(JR東海)に入社。入社後は、新幹線のダイヤ策定業務や、研究開発、台湾新幹線のコンサルティング業務、現業管理者、人事部門等を経て、現在マーケティング部門の管理職。コロナ禍で落ち込んだ需要の回復施策の立案のために、様々な方法でより新幹線をご利用いただく方法を主にデータ分析を通じて施策立案し実施している。メンバーシップ型運用の企業であるため、どこの部署にも2年以上在籍したことがなく、多くの領域を経験できる反面、自分自身としての強い分野はどこなのか?というところに問題意識を持ち、「結局自分は何ができる人なのか?」と問いかけたときに即答ができず、幅広い知識を学びつつ、自分自身の強さを養うためWBSの門を叩いた。現在は、伊藤秀史ゼミに所属し、市場と組織のインセンティブ設計という題目の下で、経済学ディシプリンを中心とする学びを深めている。

「こないだこれでうまくいった、だから次もうまくいくだろ」
「俺の過去の経験から間違いない」
「俺はこっちの方が好みだ、これ(もうひとつ)は雰囲気が嫌いだ」
「去年より伸びてる、引き続き好調だから続けろ」

 このような声を一度や二度やはたまた何度も聞いたことはないだろうか?そして、これらをもとに重要な意思決定をしている場面に遭遇した経験はないだろうか?私はこの状況を幾度も目の当たりにしてきた。しかも偉い人がドヤ顔で言っているのである。私はこれに強い違和感を抱き続けてきた。人間である以上、成功体験や自分の経験に対しての経路依存性が非常に強いのは間違いないが、それが本当に重要な意思決定場面の判断であるべきなのだろうか。
 決して、経験や勘を否定しているわけではない。なぜその経験と勘が正しいと自信をもって言えるのか、そのエビデンスが欠落しているので、ひろゆき氏(西村博之氏)がよく言うフレーズで有名な「それって、あなたの感想ですよね?」状態と同等になってしまっているのだと感じるのである。上記にも記載した「俺の過去の経験から間違いない」という言葉は、その方が例えば相当の熟練の匠であるとか、人間的に絶大な信頼を勝ち得ているという状況でない限りは周囲からは受け入れられないだろう。

 牧さんのEBMという授業は、ひとことで言えば「ふと忘れがちになる現実を客観的に直視し、将来に如何につなげるか」とい力を養うトレーニングだったと今振り返ると感じるところである。我々はあらゆる不確実性が伴う世の中で、その場その場で意思決定をしていかなければならない。そのときに人間だからこそ陥りやすいバイアスや人間の特性、どうすればより正しい判断をすることができるかということのベースをしっかりと叩き込んだうえで意思決定していくことの重要性を痛感したところである。

◆無意識のうちにかかるバイアスや行動
 日常で生活している分には、何かと何かを比較して決めるときというのは、例えばその比較対象によって意思決定(決めること)の粗さはまちまちだと思う。家を買うとなったら徹底的に比較し慎重に判断をするだろうし、コンビニでおにぎりを買う場合は(コンビニにこだわりがない場合は)目の前にあるコンビニでサっと買うということは至って自然な話である。状況の性質によって決めの粗さというのは当然異なるわけであり、同じ「買う」という行為でも意識することなく、そのように行動することが一般的には多いだろう。
 他方で、ビジネスの場面の意思決定はどうだろうか?例えば、とある部長さんが、「ある部門のXという商品が3年連続で売り上げが伸びた。見た目も群を抜いて良い。よって、Xはヒットしている、今後もXに力を入れてさらに、良いビジュアルのものを開発していこう。」と言っている、いう単純化した状況を考える。これは結果的に正しいソリューションかもしれない。しかし、この3年間の外的な環境は一緒だったのだろうか、見るべき指標は本当に売上なのか、見た目が本当にヒットの要因なのだろうか、3年前の状況が悪く相対的に今が良く見えているだけなのでは、業界全体で見たら実は新参者にシェアを食われているのでは、で結局何が売上向上に一番寄与しているの?・・・とツッコミを入れだしたらキリがない。それだけ、この状況は不確実性の要素が多く歪みがある情報である一方、このように判断していることは多かれ少なかれ実際のビジネス場面において、私自身も私の回りも方の話を聞いていてもあるように感じている。しかし、これは個人に悪気があってこのような話がでてきているわけではなく、自然と無意識にこのように比較すればいいだろうという概念が頭の中に形成されているだけであり、そこの考え方を体系的に学べば如何様にでもマインドを変えられるものだと信じている。私の所属するゼミではよく「組織を憎んで人を憎まず」という言葉をよく使う。この部長さん一個人を云々いうのではなく、問題はそういう思考にしてしまっている組織にあると考えるべきである。

◆エビデンスレベルを高く考える組織文化へ
 多くの企業で見られる一番ありがちなことは、何か単品を前年と比較する等の時系列の単純比較ではないだろうか。私自身もこの文化に触れて長年育ってきていた。しかも、多くの人が違和感なくそれをスっと飲み込んで、「いやあ、今年は伸びましたねえ、来年はもっと行きますねえ」などと言っている。これはよくある話ではあると思うものの、「なんでこんな伸びたんですかね?」となると話が一変する。結果として、「経済が良かったからね。景気も上向きだったし。」というマクロな話で済まされることも少なくないだろう。マクロ単位で見たらその可能性もあるが、このように大枠のザックリ評価ということがなされている影響で次の意思決定もザックリと決められていることも多い。評価をするためには、結果ではなくそのプロセスで何が起きているかを正確に把握する必要があるというのが私自身の大きな考えの柱であった。
 私が所属する企業も往々にして、対前年比較文化であった。年度比較と統計化されたデータの平均値での評価が主流で、この時点で季節バイアス等がかかりまくっている状態である。結果を見て色々と議論している。途中過程で何が起きていたのか、そのプロセスを評価したいとずっと考えていた。EBMの授業を受けて、私の部署では、例えば顧客とのコミュニケーションツールであるメールマガジンに対して、様々なA/Bテストを実施してクイックに回すということを実施してきた。いわゆるRCTに近い状況を実施してエビデンスレベルを上げるということにトライしてきた。そんな大層なことをしているわけではなく、バナーの位置であるとか、タイトルであるとか、字の大きさ、見た目の色味など、極めて単純明快な違いがわかるもので実施したが、結果の違いは歴然と出る。そのあとの問題は、色濃く根付いてきた文化を、本来評価するべきエビデンスベースドの考えにどのように徐々に変えていくのか、というところである。ここが大企業である故の一番の難しさでもある。これは、やはり小さな過程をクイックに回して小さい成功をたくさん出すことで有効性を伝えていくことがもっとも近道だと感じている。しかし、短期間で理解を示してくれる人が部署の中に徐々に増えてきてくれたことはとても嬉しいことであった。部内で、A/Bテストという言葉が普通に使われるようになり、堅い組織でも小さいところの積みあげというのは少しでも前に進む力になることを肌身をもって感じたところである。まだまだこれからではあるが、正しく比較して評価するという文化を創り上げたいとEBMを通じて強く思うようになった。

◆経験を「より説得力のある経験」に
 前述したように、経験で判断することが間違っているということを言っているわけではない。その経験が偶発的なものなのか良いと主張するに値する根拠があるものなのかというのを「相手にわかってもらう必要がある」というところが重要だと感じている。さきほどのメールマガジン1つを取ってみても、「この内容でメールを打ってこれだけ申し込みが入りました、次もこれで行きましょう」という経験と「同じ時期にAとBの2種類のメールを打ったら、Aの方が3割多くの申し込みがありました。次はAとCを比較してみたいと思います。」という経験であったら、当然ながら後者の方が説得力のある経験になっていることは誰しもが納得できると思う。そのためには、状況に応じてどのようなことをすればエビデンスベースドで物事が評価できるかという考えを頭の中で持っておくことが重要である。EBMはその世界観を変えてくれた貴重な経験であり、私自身に不足していたものを補完してくれたかけがえのないものだった。このような授業はビジネススクールに絶対に必要であると7週間の授業を通じて感じたところである。

 以上で述べてきたように、エビデンスベースドで思考することの重要性というのは、まず自分自身がその思考ができているか、ということを問いかけるところから始め、人間だからこそかかり得るバイアスというものを理解することが基本になってくると考える。これからは、世の中の変化のスピードも劇的に加速し、かつての成功体験や経験というのはより適用しづらい状況になってくることは論を俟たない。そのような外部環境の変化に対して意思決定を求められる場面に今後も数多く遭遇するはずである。そのようなときに、EBMの考え方というものを自分の中で咀嚼してかたちにするというプロセスができれば、苦境に遭遇した時にもより正しい判断に近づくと確信している。

以上

 


次回の更新は8月1日(火)に行います。