[ STE Relay Column : Narratives 207]
甲木(内堀)夢弥 「Physics to Business (PtoB) を目指して 〜素粒子研究機関の事務職員がビジネススクールに来た理由〜」

甲木(内堀)夢弥 / 早稲田大学経営管理研究科

[プロフィール]千葉県出身。早稲田大学卒業後、文部科学省所管の基礎物理の研究所である高エネルギー加速器研究機構(KEK)に就職し研究者支援に携わる。2017年からスイス・ジュネーブにある欧州合同原子核研究機構(CERN)に赴任し帰国。現在は、KEKに新たに設置された量子場計測システム国際拠点(QUP)の立ち上げに携わる。科学技術の社会実装促進を目指して2023年より早稲田大学ビジネススクールに入学。


みなさんこんにちは。

私は現在、素粒子物理学の研究所で事務職として勤めています。高エネルギー加速器研究機構(KEK)という、つくば市にある国立の研究機関です。

そもそも、「素粒子物理学」というのはあまり聞き馴染みがないかもしれません。(文系出身の私も正直、就職するまではほとんど耳にしたことはありませんでした。)
Wikipediaの説明によると、「物質の最も基本的な構成要素である素粒子とその運動法則を研究対象とする物理学の一分野」だそうです。
みなさん、理科の授業で元素は習いましたよね。すいへーりーべ(水素、ヘリウム、リチウム・・・)と唱えましたよね? それらの元素は原子核と電子の組み合わせで構成されていて、例えばヘリウムは原子核(陽子と中性子2個ずつ)と電子2個からできている、というところまでは、なんとなく覚えていらっしゃるかもしれません。
でも、そんな陽子や中性子をさらに細かく見ると、実はもっと小さな3つの粒子(クォーク)に分けられたりして、つまりこのようなこれ以上小さくできない17種類の粒子のことを、総称して「素粒子」と言うのだそうです(※本当に分けられないか、種類がもっとないかは諸説あり)。

そんなものすごく小さな素粒子の不思議な性質を、“加速器”と呼ばれる全長何キロメートルもあるようなものすごく大きな装置を使って、観測したり検証したりする物理学の研究施設が、私の勤めるKEKです。
でもなぜ素粒子を見ているかというと、例えば一つにはすごいエネルギーで粒子同士をぶつけることでビッグバン直後の状態を再現することになって、宇宙の成り立ちを調べることができるから(このあたり、あまり難しく考えてはいけません)。つまり、小さなものを見ることで大きな現象を解明できる・・・そんな想いを持った多くの研究者の人が、世界中から集まっています。

では、そんな宇宙の成り立ちだとか壮大なテーマについて追究しているような、(非営利で公的な)研究所に勤めていた私が、なぜビジネススクールに進学することになったのか。
それにはもう少し、私自身の経歴を話したいと思います。

KEKでは事務職員として、主に研究支援の部門に携わっていました。
ここでは具体的には、国内外の研究機関や大学、企業との共同研究の契約書を整えたり、外部から研究施設を利用するために来訪する研究者の滞在支援をしたりしていました。
やがてその中で、スイスのジュネーブにある素粒子物理の研究機関(CERN:欧州合同原子核研究機関)に2年間、海外赴任する機会を得ました。

CERNはKEKと同じく加速器を用いた世界最大の素粒子物理学の研究所で、欧州23ヶ国の共同出資からなる国際機関です。一時期話題になりノーベル賞もとった“ヒッグス粒子”の発見などでも知られ、ダン・ブラウンの小説「天使と悪魔」の舞台にもなっていたりします。
世界中から何千人ものスタッフが集まり、毎年1万人以上の物理学者が訪れ、日本人の研究者も多く滞在しているのですが、事務部門としては唯一の日本人として、彼らのサポートや現地のKEK分室の管理・運営、日本からの来訪者の見学アレンジや大使館とのやり取りなどに従事しました。

ところで施設見学の時、いつも最初に見ることになるCERN紹介ムービーの中で、これまでの歴史が振り返られるのですが、この研究機関が設立されたのは1950年代の中頃だそうです。第二次大戦後の荒廃したヨーロッパを、科学の力でもう一度結びつける、再興するという目的のもと、ユネスコ主導で立ち上げられ、ずっと“Science for Peace”という一つのスローガンを掲げている・・・とのことでした。
滞在して何度も実感したことですが、このスローガンの通り、CERNは世界トップレベルの研究をし、何人ものノーベル賞受賞者も輩出しながら、ただそれだけではなく、そこで生まれた科学的成果を社会に還元しようという取り組みが多く行われていました。
例えば、日本からの訪問団の依頼で、このような巨大な研究機関が設置されることによる地元への様々な波及効果(教育、経済、文化・・・)について、インタビューをしてみたい、といった希望がよくありました。そこでCERN内部の知識移転部門に話を聞きに行ったり、様々なスピンオフ企業や周辺自治体を訪問させていただき、CERN発の技術(シーズ)が医薬品開発など数多く応用・社会実装されていることを知りました。そしてその背景には、内部にそれを支援する体制が作り上げられていること、それだけではなく、研究者から技術者、事務スタッフにいたるまで、一人一人の社会還元や社会貢献に対する意識が強いことを学びました(ちなみに今みなさんが使っているインターネットのWorld Wide Web (WWW)も、CERNの研究者が開発した技術だったりします)。
振り返ってみれば、KEKでも加速器技術を陽子線を使ったがん治療やピラミッドの内部構造の非破壊検査に活用したり、最近では高精度なセンサーや半導体製造や、量子コンピュータ技術にも応用できるかも・・・と言った研究もあるなど、もっと考え方や見方を変えれば、利活用の可能性はたくさんあるように思われました。
そうして2年間の赴任期間を終える頃には、このような社会に開かれた研究所を日本でも実現したい! 一見遠くに感じる最先端の科学技術の成果を、もっと社会に還元したい! と思うようになっていました。

それから日本に帰ってWorld Wide Webを検索していると、牧さんの「科学技術とアントレプレナーシップ」という授業のページを見つけました。その時、ぜひこの授業を受けたい! と思いました。
・・・それから受験勉強に励み、なんとか受験を乗り越えて今に至ります。

現在、牧ゼミに参加してまだ3ヶ月が過ぎたばかりですが、国際色・バックグラウンド豊かなメンバーと企業訪問(VCのAntler、Google、塚田農場など)をさせていただいたり、「Rainforest」というアメリカ西海岸におけるイノベーションを育む環境づくりに関する書籍などを読んでディスカッションを行ったり、これはぜひ将来生かしたいと思える知識や経験に毎日たくさん触れられています。また起業家の方、VCをされている方、企業でイノベーション創出をされている方など、さまざまな方との繋がりも増えて、本当に刺激的な日々を過ごしています。

将来は研究所・研究者がより社会と強く繋がれるよう、やりたいことを実現できるような環境(エコシステム)を作っていけたらと思っています。
そんな考えを持つようになったのも、CERNで働いている人たちを見てきたから、自分が社会に対して還元できることはなんだろう、と考えるようになったからだと思います。そう考えると、同じように他の人にも新しい環境を提供していく手助けをしていきたいと思っています。

最後に、CERNで一番お世話になった、尊敬する先生(山本明先生)から、WBS入学直前に言っていただいた言葉を。
「人生は螺旋階段。直線ではないけど、色々経験して進んでいくと気がついたら一段上に登っている」。
公的な素粒子物理の研究所の事務職という、ビジネススクールでは少し異色のバックグラウンドで、研究所側としてもビジネススクールへの進学は異色・・・ではありますが、ぜひ両者をつなぐ存在として、行ったり来たり、一歩一歩階段を登っていきたいと思います。

 


次回の更新は7月21日(金)に行います。