[ STE Relay Column : Narratives 145 ]
葛西 信太郎 「知識を味方に、仲間と共に前に進む」

葛西 信太郎  / 早稲田大学経営管理研究科

[プロフィール]1987年京都府京都市生まれ。京都大学大学院工学研究科原子核工学専攻修士課程を修了。2011年に三井物産株式会社/情報産業本部入社。国内テレビ通販事業や放送事業の事業管理、及び新規事業探索に5年間従事した後、国内BS放送局(BS12)に約3年間出向し、2018年より三井物産労働組合専従(現職)。2020年4月に早稲田大学大学院研究管理研究科(夜間主総合)に入学。1995~1999年の4年間は中国/寧波で育ち(現地小学校卒業)、2013年には社内研修でCA州/LAのシニアリビングでのインターンを3か月経験。趣味は和食料理と海外旅行(15か国)。家族は妻と息子とネコの4人家族。

1. はじめに
 はじめまして。夜間主総合牧ゼミM2の葛西と申します。私は2021年春から牧ゼミに所属するとともに、春学期にSTEとLab to Marketを履修しました。この約半年の間に、これらから多くのことを学ばせて頂きましたので、その一端を本コラムでご紹介したいと思います。

 

2. STEとの出会い
 STEを履修したきっかけは、正直に言うと「牧ゼミの必須履修科目になっているから」でした。「何やらおびただしい数の定量論文を英語で読むらしい」、「WBSで最も負荷の高い講義らしい」という事前評判に恐れおののき、正直不安しかありませんでした。一方で、定量研究的な考え方を身に着けることや、英語文献からの知識吸収力を上げることは、自分がWBS在籍中に成し遂げたいことそのものでもあったので、これは踏ん張るしかないという思いで飛び込みました。
 実際に履修してみると、内容はほぼ前評判の通りでした(笑)。海外のトップジャーナルに掲載された英語の定量論文を毎週読み込み、サマリーシートにまとめて提出し、時には全体発表の機会もありました。正直かなり大変でしたが、クラスの設計・運営の巧妙さに助けられ、何とか駆け抜けることが出来ました。まず、論文選定が相当練り込まれていて、一つひとつが相互に関連し、全体として大きなStoryとして構成されています。また、クラス履修者のコミットメントが高く、いい意味でのピア・プレッシャーが支えになりました。学生時代に、「社会人は9時から21時まで働くらしい(そんなの無理)」と思っていたのが、やってみたら案外できた感覚を思い出しました。良き仲間に恵まれ、本当に良かったと思います。

 

3. STEからの学び
 講義を終えて全体を振り返ると、履修前に思い描いていたような訓練は確かに出来ました。つまり、英語の定量論文をある程度ひるまずに読むことには慣れました。一方で、履修前に想定していなかった学びも得られました。それは、知識をより立体的に捉える能力です。
 STEの講義では、全ての論文に対して、「この論文、どのくらい信用できますか?」という問いかけが毎回なされます。最初は、正直かなり困惑しました。「海外のトップジャーナルに掲載された、凄い学者先生の書かれた論文に、修士論文の執筆で怯える学生風情がいちゃもんを付けるなんて許されるのだろうか…」と。ところが、その課題に毎回向き合う内に、全ての論文、或いは知識そのものには、ある種のトレードオフが存在することに気付きました。
 一般的に社会科学系の論文は、現実社会の事象を抽象化(概念化)し、その概念同士の因果関係を示すことに挑戦しています。特に定量論文においては、登場する概念の数を絞り込み、回帰分析などの統計手法を用いて、因果関係の証明が試みられています。この、元来抽象的な概念を統計処理が可能な定量情報に変換するプロセスにおいて、言わば「具体と抽象」のトレードオフが存在します。示したい構成概念の抽象度が高い程汎用性は上がりますが、定量換算時の妥当性が失われます。また、狭い領域でしっかりとした定量情報を基に説明された因果関係の蓋然性は高いですが、別の領域への汎用性が失われるという意味では、「広さと深さ」のトレードオフも存在します。
 STEで読んだ論文は何れも一流の論文であり、知識としての確からしさは間違いないものだと思います。しかしながら、そもそも知識というものは、いつ何時でも成り立つことの方が少なく、適用できる場面の見極めが必要という意味において、扱う側にも正しく使うリテラシーが要求されるのだと気づきました。「具体と抽象」、「広さと深さ」といったトレードオフが存在する中で、どのあたりに位置する知識なのかを理解し、その時々において必要なものを正しく組み合わせ、実務上の課題を解いていくことの重要性を学びました。
 加えて、実は同時期に履修していた根来先生の「経営学における理論と実践」と本講義の補完関係は素晴らしいものがありました。STEは徹底的に定量研究に振り切った講義ですが、根来先生の講義は逆に定性研究に重きを置いた講義で、複雑な因果関係を複雑なまま扱う面白さに触れることが出来ました。特に、「定量研究は全体傾向を掴めるが、個別の例外事例からの学びは定性研究でしか捉えられない」というコントラストは印象的でした。自分の視野を広げるには、対極にある価値観を同時に摂取するのがとっても有効でした。

 

4. Lab to Market(L2M)からの学び
 STEブートキャンプが終わった直後、シームレスにL2Mワールドに突入しました。こちらはSTEとは対照的で、定量論文は全く読まず、ケース討議やシミュレーション教材を用いてCreation in Action(行動による創造アプローチ)を学ぶ講義でした。Lab(大学の研究室)で産出される新規技術を如何にMarket(市場)に実装するか、それが如何に重要且つ困難かを学ぶのが目的で、実際に技術シーズをグループごとにアサインされ、同技術の市場実装を目指して活動するというのが授業の骨子です。
 我々のチームは、特殊な脳波測定端子をアサイン頂き、実際に研究室に見学に伺って測定実験を体験したり、各方面の専門家にインタビューをしたりなどの活動を行いました。一連のプロセスで私が特に学んだのは、前に進むために必要なEvidenceレベルと許容コストとのバランスの重要性です。行動による創造アプローチでは、限りあるリソースの中で最大限成功に近づける様な経路を模索することが必要であり、検証の必要性の高い仮説の絞り込みや、その仮説検証で求められる精度、及びその仮説をLeanに検証する手法の選定などが極めて重要です。
 つまり、STEが既存の知識の使い方を学ぶ授業だとすれば、L2Mは新たな知識(Evidence)の作り方を学ぶ授業と言えます。実務上の課題に直面した際、先行研究(知識)を活用して巨人の肩に立つことは何より強力ですが、知識はそのまま実務に当てはめることができることの方が稀であり、Last One Mileは自分で小さな実験を行い、埋めていくことが有効だと学びました。

 

5. ゼミでの学び
 さて、冒頭に述べた通り、私は2021年度より牧ゼミでも学ばせて頂いている訳ですが、牧ゼミが定量研究に注力しているゼミであるとの評判からか、多くの方から「牧ゼミは毎週STEなのか?」という様な質問をお受けします。実際はいい意味で全くそんなことないので、その誤解を解きたいと思います(笑)。結論としては、STE的な要素は非常に薄く(定量論文や統計手法を扱う機会の方が稀)、むしろ逆にNarrativeな側面に重きが置かれています。
 ゼミのKick-Offに先立って行ったPreゼミでは、何よりも先にゼミ内のチームビルディングを丁寧に行いました。各メンバーの自己紹介を全員一人30分以上かけて行い、チームでエベレスト登山を行うケース教材を用いて、心理的安全性や多様性尊重の重要性を学びました。春に行った合宿では、自分のキャリアについて更に深堀を行いました。自分自身の「英文レジュメ」や「お悔やみ記事(著名人が亡くなった際に掲載される新聞記事)」の作成・発表を通じて、「自分自身がどこから来て、どこへ往くのか」の内省を行いました。また、合宿の開催に際して必要となるCOVID-19対策をみんなで議論したり、現地でご活躍されているサイエンティストや活動家の皆様との交流を行ったり、はたまた歴史的背景を学んだりと、今度の人生を考える上での大きな刺激を受けることが出来ました。
 ゼミ活動が本格的にスタートしてからは、毎週金曜日の夜に3時間、みんなで集まって議論を続けています。序盤においては、人的ネットワークの重要性・有用性を理論的に学んだ上で、実際に様々な分野のゲストをお招きして刺激を頂くことで、その有効性を体験的に学びました。「イノベーションは新結合」という通り、「弱い紐帯」からもたらされる情報価値を実感しました。
 その後は、各メンバーが直面する実務上の課題や、修論研究を通じて解決したい課題の共有、そのプロセスで身に着けたいスキルの学習などを中心に学んでいきました。振り返ると、体系的な知識のインプットよりも、実践を前提とした「Actionable Knowledgeへのこだわり」を随所で感じるゼミ生活だったように思います。また、自分が個人的に学ぶことと加えて、如何に他のゼミメンバーの学びに貢献できるかもよく考えさせられた半年でした。
 以上を総括すると、前半のゼミでの学びは、定性・定量といった研究手法の枠を超えて、「如何に知識を自分の人生や仲間、そして社会に役立てるか」という点に力点が置かれていたと言えます。

 

6. 最後に

  • 私がWBS生活で学びたいことの一つは「先の見えない道なき道を、前に進む勇気を持つ」ことでした。新規性のある領域や、不確実性の高い領域で前に進む際には、前に先人の道はなく、一発逆転もありません。ひたすら少しでも確からしい一歩を地道に積み重ね、前に進んでいくしかありません。その際に、少しでも勇気を持つためには、先人の知恵を正しく使い、時には小さく実験を重ね、一歩ずつ前進していくことが重要です。
  • 一方、知識はあくまでもツールであり、答えや目的地を与えてくれることは決してありません。目的地や方向性を定めるのは自分で、それを支えてくれるのは仲間であり、それらを繋ぎ・束ねるものがあるとすれば、それはStoryやNarrativeの力なのだろうと思います。これからの時代、HowよりもWhat/Whyを作り出せる能力の重要性が増してくる、そういうことを考えさせられる半年でした。
  •  ゼミが始まり、STE/L2Mを駆け抜けたこの半年は、自分にとって大変学びの多い時期でした。振り返ると、定性と定量、理論と実践といった対極的な価値観に同時に触れることができたからだと思います。何か感銘を受ける学びがあればあるほど、それとは最も対極にある何かを同時に摂取することを心掛けると、自分の中の新たな軸を増やしていけると思います。
  • また、個人ワーク以上に、クラスやゼミの仲間とのチームワークで学ぶことができたのも、かけがえのない経験でした。積極的な価値交換を通じて互いに高め合えるコミュニティーに所属できることは、かけがえのない資産だと思うので、是非本コラムを読んで頂いた皆さんとも、どこかでつながれればと思います。最後まで読んで頂きありがとうございました。

 


次回の更新は9月17日(金)に行います。