[ STE Relay Column : Narratives 130]
笠原 博徳 「早稲田大学のベンチャー創出と”Lab to Market”への期待」

笠原 博徳 / 早稲田大学副総長(研究推進担当)・理工学術院 教授  工学博士

[プロフィール]IEEE Computer Society President 2018、経済産業省/NEDO”並列化コンパイラ”、”情報家電用マルチコア”等の国家プロジェクトリーダー、IEEE Computer Society 理事・戦略計画委員長、文部科学省情報科学 技術委員会等、国内外学会、省庁、財団等260件以上の委員歴任。IEEE Fellow、IEEE-Eta Kappa Nu professional member、情報処理学会フェロー、日本工学アカデミー理事、日本学術会議連携会員、産業競争力懇談会理事。 1985年早稲田大学理工学研究科電気工学専攻博士課程修了(工学博士)・カリフォルニア大学バークレー客員研究員。86年早稲田大学理工学部専任講師、88年助教授。89-90年イリノイ大学スーパーコンピューティング研究開発センター客員研究員。97年より早稲田大学教授、現在、情報理工学科教授。 文部科学大臣表彰科学技術賞研究部門、Spirit of IEEE Computer Society Award、IEEE CS Golden Core Member Award、情報処理学会功績賞・坂井記念特別賞、IFAC World Congress Young Author Prize 等、多数受賞。マルチコアプロセッサと自動並列化及び低消費電力制御等に関する研究成果は220の査読付き論文、58の国際特許等として発表。

 私自身、研究者として、国際特許を含めて現在のところで60件ぐらい取得しており、この特許に基づいたベンチャー企業を2013年から大学出資ベンチャーとして立ち上げました。その経験から、大学シーズベースのベンチャーはどういう風に動いて、どういう苦しさがあるか、何を改善しなければいけないかということを、”Lab to Market”の講義を履修されている皆さんにお伝えしてみようという思いでシーズの提供を致しました。
 “Lab to Market”の中で実際のシーズを用いて、ビジネス課題を検討する事は、本での勉強に加え、リアルに近い経験となると思います。通常講義で紹介される事例は、どうしても成功事例が中心になると思います。しかし、その裏側では成功に向かい多くの困難に直面し、それを創意工夫で乗り越えて成功にたどりついています。このような部分にも焦点を当て積極的に取り組んでいただけるWBSの学生の皆さんに、この”Lab to Market”を受講してもらいたいと思っています。
 参加する学生の皆さんには成功の裏には多くの困難があるという事を知った上で、何が問題だったのと、それを乗り越えるためにどうすれば良いのか、頭をいっぱい使ってもらいたい、汗をかいてもらいたい。大学としても、”Lab to Market”を通して、そのような学習体験をしていただきたいと期待しています。

 実際の”Lab to Market”の授業では学生の皆さんとディスカッションをする場面が何度かありました。ディスカッションに向けて学生の方もしっかりとした準備をして下さったと思います。例えば「こういう会社にアクセスすると良いですね」、「こういう製品だとより多くのカスタマーによろこばれるのではないですか」、「こういうところにニーズがあるのではないですか」、など色々と事前に調査をして提案をしてくれました。
 研究者の視点から見ても、ディスカッションを通して、ビジネス化について新しい糸口を見つけることに役立ったと思っています。また、単にビジネス化の方向だけではなく、研究推進の方向性でも有益な情報になったと思っています。

 実は研究についても、どのようなニーズ、ビジネスモデルがあるのかを知って、進展させることも大事だと思っています。大学の研究というのは通常、「私はこの技術が好き」、「これを勉強したい」、「ここで素晴らしいものが出来ました。できたから使ってください」、というのが今までの多くのパターンだったと思います。しかし、それだけだと、産業界は使ってくれないというのが現状です。
 まず、「こういうニーズがあって、こういう風に技術を開発すると、世界の方がこれは便利だと使ってもらえる」ということを考えることが必要だと思います。本当に自分の良い技術を使ってもらいたかったら、ニーズをまず理解し、研究の推進の方向も変えていく必要があります。研究者としては、”Lab to Market”を通して、ニーズ志向の技術改善も理解することができます。ベンチャーを立ち上げるというだけではなく、技術の社会実装、持続的社会の実現のために重要なひらめきが得られる要素が”Lab to Market”には含まれています。

 早稲田大学の教員や研究者のなかには、良い技術を持っていて、世界で使ってもらいたいと思っている方はたくさんいると思っています。でもどうやったら始めて良いか分からない人も沢山いるので、”Lab to Market”をきっかけとして、そこに一歩踏み出せたら嬉しく思います。

 改めてとなりますが、WBSの学生の皆さんは社会人経験もあり、多種多様なバックグラウンドを持っている方が揃っています。そして、”Lab to Market”を通して色々な分野のシーズやビジネスモデルを見ていくことで知見がたくさんたまると思います。そのような知見を通して、ビジネスの成功確率を上げる方法を考える、そして実際に早稲田大学のシーズから出たベンチャー企業の経営チームに入って下さると、大学としても素晴らしいと思っています。結局シーズだけがあっても、経営やビジネスモデルを組み立てるチームを組成することは難しいからです。
 学生の皆さんから見ても、限られたコミュニティやネットワークの中で、ビジネスの成功に向け最良のチームを捜している教員・研究者と出会うのは簡単な話ではありません。”Lab to Market”を通して、適切な教員・研究者に出会えるということにも、非常に価値があると思っています。

 WBSで学んだ皆さんが、早稲田大学から良いシーズを見つけていただいて、一緒に経営して、チームとして世界で戦ってくれたら、とても魅力的です。早稲田大学は今、人文社会学・理工学の協力に基づくベンチャー育成・アクセラレーション、産学連携を推進する早稲田オープンイノベーションバレー構想に取り組んでいます。これからもっともっと学生ベンチャーも、教員ベンチャーも成功に導きたいと思っています。その時に、“Lab to Market”を通して成長した学生が、早稲田オープンイノベーションバレー構想のキープレーヤーとなり世界に貢献してくれることを願っております。“Lab to Market”と参加学生の皆さんの今後の益々の発展に期待しています。


次回の更新は3月19日(金)に行います。