[ STE Relay Column : Narratives 115]
牧 兼充 「進化する研究活動とコミュニティの広がり 2020」

牧 兼充 / 早稲田大学ビジネススクール准教授 

[プロフィール]早稲田大学ビジネススクール准教授。カリフォルニア大学サンディエゴ校Rady School of Management客員助教授、慶應義塾大学理工学部訪問准教授を兼務。早稲田大学オープンイノベーション戦略研究機構科学技術と新事業創造リサーチファクトリー代表。研究分野は、テクノロジー・マネジメント、イノベーション、アントレプレナーシップ、科学技術政策、大学の技術移転、大学発ベンチャー等。
政策研究大学院大学助教授、スタンフォード大学リサーチ・アソシエイト、カリフォルニア大学サンディエゴ校講師等を経て現職。日米において、大学を基盤としたイノベーション・システムの構築に従事。カリフォルニア大学サンディエゴ校において博士(経営学)を取得。
その他の情報は、Kanetaka M. Maki, Ph.D. Official Site をご参照下さい。

 

WBSに異動してから3年が過ぎ、当初は思いもよらなかったほどに様々な研究活動が進化しています。また、研究室の規模としてもずいぶん巨大化しました。今回は、私の研究活動の近況や最近目指していることをご紹介します。

地球規模の問題解決手法を学ぶ場としてのゼミ
一番大きな変化が、ゼミがついに定員のフル・メンバーになったこと。夜間主総合のゼミは(途中で退学する人もいますが)、毎年修士2年生の定員6人です。一方で、全日制グローバルのゼミは毎学期新入生が入ってきますが、必ずしも定員まで埋まらないことも何度かありました。それが最近は、ゼミがだんだん活発になったこともあり、毎学期定員マックスまで希望者がいたので、修士1、2年合わせて最大定員の14人となりました。
メンバーの国際色もとても豊かで、日本人5人、中国人5人に加えて、台湾、アルゼンチン、タイ、ウガンダの学生がゼミに参加しています。加えて、博士課程の研究生としてアルジェリアから1年留学している学生も引き受けています。日本でこれだけ多様な国籍を持った人たちが集まる場はそこまで多くないと思います。
地球規模の問題解決を担うリーダーの育成をMBAで目指していくとすると、このような多様なバックグラウンドを持つメンバーが集まる場を用意することは極めて重要です。発展途上国を含めた多様な国籍を持つメンバーで、社会課題を解決するためのディスカッションや活動を体験したことがあるというのは、これからのMBAホルダーにとって必要条件です。地球規模の問題の解決への第一歩は、世界の多様なバックグラウンドを持った人と交流して、何か課題があったときにはエンパシーを感じられること。ある課題があったときに、その課題に接している世界の友人の顔を思い浮かべられるかどうかが、個々人の視野を広げるのだと思います。どれだけの学生の皆さんが活かせているかは別としても、このWBSの環境はとても魅力です。世界でトップクラスに、グローバルな視野を養うことのできる場だと思います。この環境をどれだけ活かせるかは学生のセンスの見せ所でもあります。
最近は、全日ゼミでは多様なバックグランドを持つ人材がグループを組んで、デザイン思考を活用した問題解決のグループワークを積極的に行っています。今学期のテーマは「WBSにおいて分断している日本人と留学生の交流をどのように促進していくか」というものでした。日本人と留学生がそれぞれの視点から、色々な課題が明らかになり始めています。

全日ゼミは、日本人でも積極的に関わってくれる学生がどんどん集まるようになっていて、夜間主総合ゼミと両輪で色々な活動が進められるようになりました。全日、夜間主総合ともにゼミのオーガナイザをしてくれる学生がかなり積極的に関わってくれているおかげです。修了生が夜間主総合ゼミから10人、全日制ゼミから6人出て、修了生とのプロジェクトが立ち上がる事例が増えていることは、とても心強く感じています。

科学技術と新事業創造リサーチ・ファクトリー
この4月に立ち上げた研究組織である「科学技術と新事業創造リサーチ・ファクトリー」も、おかげさまで4社との共同研究が開始し、引き続き拡大中です。大学を基盤としたスタートアップの育成支援や、企業のオープン・イノベーションの研究などの共同研究を開始しています。「科学的エビデンスに基づいた経営」は今まで以上に重要度があがっています。イノベーションに関する活動の評価をエビデンスベースで分析するニーズは上がりつつあります。社内のイノベーションの施策について、定量データを活用して評価していく、といったことを共同で行い始めています。
ビジネススクールにおける「科学的実験コンテスト」の試みも引き続き広げつつあります。今年度はより多くの研究者の方に審査員をお願いしました。面白い案件は増えつつあるものの、具体的な実験を実施するところまでは踏み込めていないのが現状です。「科学的実験」のデザインをもう少し基礎から学べる教育プログラムを構築することの必要性を感じており、少しずつですが準備をし始めています。来年度を目処にそういった仕組みも作り込みたいと思っています。ただ、確実に言えるのは、「科学的実験」の重要性を理解する研究者や学生・修了生のコミュニティができ始めていることです。この「科学的実験」というのは、どちらかといえば、アメリカの研究者が中核となっている側面が強く、日本の研究者にはあまり興味を持っていただけないことが今まで多かったのですが、米国で研究経験のある日本人研究者を中心に、日本でも広げる土台ができ始めていると思います。

色々なプロジェクトがリサーチ・ファクトリーの周辺でも立ち上がり、既に立ち上がっていたビジネス・ファイナンス研究センター科学技術とアントレプレナーシップ研究部会と合わせて、合計15人程度の招聘研究員の方々が研究活動に関わって下さっています。外部からのメンバーの参画によりファクトリーの活動が、コミュニティとしても広がりつつあります。論文だけではなく、最近ではビジネススクールらしく、ケース教材などもアウトプットとして増えつつあります。

Lab to Marketで広がるサイエンティストとの連携
今年度から新たに「Lab to Market: 科学技術の商業化と科学的実験」という授業を立ち上げました。「技術・オペレーションのマネジメント」、「科学技術とアントレプレナーシップ」と並んで、3つ目の夜間主の学生を対象とした授業です。もともと私が大学教員になった理由は、科学技術の商業化を担いたいという思いでしたので、自分が最もやりたいことの原点に戻ったような授業です。この授業では、大学の研究者からシーズを持ち込んでいただき、ビジネススクールの学生がその技術シーズのビジネス化を検討するものです。普通のアントレプレナーシップの授業と違うのは、1) 必ずしも起業を目的としているわけではなく、技術シーズの商業化が達成できれば、大企業へのライセンスでも構わない、2) ビジネス・モデルができる前段階の技術評価が中心、というところだと思います。まだまだ授業としては今後改善していかないといけないところがたくさんあるものの、1年目の授業でプロトタイプをつくることはできたと思います。
この「Lab to Market」の授業は、先端的なサイエンスのビジネス化を担うアクセラレーターとして発展させていきたいと思っています。AI、量子コンピュータ、ゲノム、バイオエンジニアリングなどの分野で、技術シーズのビジネス化を広げていけないかと思っています。トロント大学が推進する “Desructive Innovation Lab” は、サイエンスベースのアクセラレータとしてベンチマークとなっています。その他、シリコンバレーを中心にスタンフォードとの連携でプログラムが展開されている “Global Innovation Catalyst”  には私自身が現在メンター育成プログラムに参加しており、今後連携を開始する予定です。
イノベーションに関わる活動はDay 1からグローバル連携が求められます。このLab to Marketは、グローバル水準の世界の機関と連携しながらサイエンスの商業化を進めていく仕組みを作っていければと思います。ビジネススクールを基盤としたイノベーションの新しいモデルとなっていくように、色々な工夫を重ねていきます。

この他にも色々な活動があるのですが、また折を見てご紹介したいと思います。


次回の更新は11月20日(金)に行います。