[ STE Relay Column : Narratives 106]
吉田 公亮「ビジネス実験と愉快な登山者たち ~2020年春学期後半編~」

吉田 公亮/早稲田大学経営管理研究科/株式会社IHI

[プロフィール]1979年北海道北見市生まれ。東北大学大学院工学研究科航空宇宙工学専攻博士課程を修了。博士(工学)。2007年4月に株式会社IHIに入社。技術開発本部において11年間、主に発電機器の構造健全性に関する研究開発に従事。専門分野は材料力学、材料強度学、数値構造解析。2018年6月から技術企画部に異動。全社の技術戦略の策定や研究開発の管理業務に従事。2019年4月に早稲田大学大学院研究管理研究科(夜間主総合)に入学。2020年4月より牧ゼミに所属。第3期ゼミ長。趣味は海外旅行、美術鑑賞、建築鑑賞。2020年1月にバルセロナで念願のコロニア・グエル教会を訪問し、ガウディの天才性に改めて感服。

いつもSTE Relay Columnをご覧いただき、ありがとうございます。牧ゼミ3期生(夜間主総合コース)でつなぐゼミシリーズ。第2回は、ゼミ長のきみちゃんこと吉田公亮氏が6月から7月までのゼミ活動について報告します!(牧ゼミ夜間主総合3期生一同より)

“科学的思考とビジネス実験”。
 およそビジネススクールに似つかわしくない“科学”や“実験”の文字が躍るこのフレーズが、春学期の牧ゼミのテーマでした。サイエンティストやエンジニアの方法論をビジネスに取り込むことで、新規事業の創出や起業の可能性を高めることができるのではないか。それが、牧さんや我々ゼミ生が現在、抱いている仮説です。牧ゼミのメンバーは6名中5名が理系。文系の多いWBSの中では異色のゼミです。製薬メーカー研究職のいっしー(石川寛和)、ツッキー(大槻一文)、プログラマーのイケ(棚池祐樹)、お医者さんの藤井ちゃん(藤井優尚)、銀行員のよっしー(吉内裕行)、そしてメーカー研究職の私と、サイエンス、エンジニア、ビジネスのバックグランドを持った幅広いメンバーが上記の仮説の実証に向けて議論を深めました。安宅和人氏の近著「シン・二ホン」には、データ×AI時代における必須スキルとしてビジネス力、データサイエンス力、データエンジニアリング力の3つが上げられています。まさに、ビジネス、サイエンス、エンジニアの力を身に付け、うまく融合していくことが、これからの時代において新しいビジネスを創っていくために必要だと思います。

 さて、ゼミでは、ビジネス実験に関する第一人者であるハーバード・ビジネス・スクール教授のステファン・トムク氏の最新著作 ”Experimentation Works: The Surprising Power of Business Experiments”の輪読を通して、ビジネス実験に対する理解を深めました。ビジネス実験はなぜ必要なのか、良いビジネス実験とは何か、ビジネス実験はどのように行えばよいのか、ビジネス実験を行う組織文化とはどのようなものか、実験文化を組織に定着させるためにはどうすれば良いのか、といった内容について理解をし、自分たちの組織において実践するために何をすればよいのかをゼミ生同士で議論をしました。本の中には様々な企業の事例が豊富に記載されていますが、Booking.com、Microsoft、IBMなどITビジネスを行っている企業の事例が多く、ビジネス実験とITビジネスの親和性が高いことが良くわかりました。一方で、ゼミ生の多くが所属している非ITビジネスの企業においてビジネス実験を普及させていくにはどうしたら良いのか、理想と現実のギャップを改めて感じたというのが輪読を終えた正直な感想です。ゼミ生それぞれが自分の組織の中で、ビジネス実験を実践していくことが次のチャレンジになります。そのような想いを込めて、輪読の集大成として、ビジネス実験のアイデアを発表する会を開催しました。以下にアイデアのテーマ名を記載します。
・マインドフルネスは生産性向上につながるか(いっしー)
・20%ルールは知の探索に有効か(きみちゃん)
・ハッカソンでの最適なチーム編成方法(イケ)
・知の近さは物理的な遠さを許容するか(つっきー)
・インセンティブは救急要請拒否問題を解決するか(藤井ちゃん)
・君への手紙(よっしー)
 ゼミ生それぞれが抱える課題感に基づいたアイデアが出されてとても面白い発表会になりました。私のお気に入りは銀行員のよっしーが考えた「君への手紙」です。デジタル時代だからこそ、手書きの手紙がお客さまの心に刺さるのではないかという仮説に基づき、数百人のお客さまに手書きの手紙を送って、その効果を検証するというものです。非常にシンプルな実験ですが、実は銀行という組織の中で実施できるギリギリのラインを狙って緻密に計算されているそうです。桑田佳祐氏の名曲にインスパイヤーされたタイトルも格好良いです。

 牧ゼミでは、“科学的思考とビジネス実験”に関する活動に加えて、多彩なゲストにお越しいただくことも大事な活動になっています。6月、7月には、慶応義塾大学 國領二郎先生、九州大学 松永正樹先生に講義をいただきました。
 國領先生の回では、キューピーの物流改革に関してケースディスカッションを行いました。社会構造主義という考え方に基づいて、物流におけるボトルネックとビジネスモデルのダイナミックな関係性について理解を深めました。ジャスト・イン・タイムがなぜ重要なのか、そして、その重要性は今後も継続するのか。物流におけるボトルネックに着目することで非常に見通しの良い議論ができました。普段のゼミでも、具体と抽象の行き来を強く意識した議論をしていたつもりでしたが、アカデミックな理論的な枠組みに基づいた洗練された議論を体験することができ、思考の軸としての理論の重要性を改めて感じました。
 松永先生の回では、エベレスト登山シミュレーションを通じてリーダーシップについて学びました。全日のゼミ生にも参加いただき、ゼミ生が2チーム(5名/チーム)に分かれてエベレストの頂上を目指しました。チームメンバーにはそれぞれリーダー、医師、カメラマン、マラソン走者、環境問題専門家の役割が与えられ、役割ごとに異なるミッションや制約条件が与えられます(他の人の役割や制約条件はわからない)。メンバー間のミッションのコンフリクトや途中で発生するトラブルを乗り越えながら、エベレストの頂上を目指すのか、あるいは、命の危険性を回避するために登頂を断念するのか、決断を迫られる状況を通して、リーダーシップの在り方を学びました。この回で面白かったのはリーダーを務めたつっきーといっしーの対照的なリーダーシップスタイルです。つっきーは、シミュレーション開始と同時に、役割ごとのミッションや制約条件をお互いにシェアし、その情報に基づいて最も合理的な選択肢を決めていくという、ロジカルなリーダーシップスタイルでした。一方、いっしーは、情報のシェアはせずに、それぞれの局面においてメンバーの意見を聞きつつも、最後は“全員で頂上を目指しましょう”というリーダーとしての想いをぶつける、心に訴えるリーダーシップスタイルでした。人柄が出ていて、その意味でも興味深い回になりました。

さて、ここまでが6月から7月までのゼミの振り返りになります。7月24日でゼミ活動は一区切りとなり、夏休みに入りました。これで3期生の活動も折り返し地点です。前期を振り返ると、コロナの影響によって、全てのゼミがオンラインでの開催になり、最初はぎこちない感じもありましたが、後半はメンバーも慣れてきてうまくディスカッションができるようになりました。特に、前期ゼミのコーディネーターを務めてくれたイケが、googleスプレッドシートや、、Miroなどを屈指したファシリテーションをしてくれたおかげで、オンラインゼミのレベルが格段に向上したと思います。また、広報担当の藤井ちゃんは、小ネタを交えながら毎週欠かさずゼミ通信をFBにアップしてくれました。2人のゼミ運営への貢献に感謝いたします。また、我々のゼミには、全日制の牧ゼミの佐々木威憲さん、岩村ゼミの武井大希さんも参加してくれました。ゼミメンバーとは異なるバックグランド、関心を持ったお二人に加わっていただくことで、多様な視点からの議論ができたと思います。ありがとうございました。さらに、牧ゼミOBの山内康裕さんには遠くロンドンからほぼ毎回ゼミに出席していただきました。感謝いたします。これもオンライン開催ならではのことかと思います。

末筆ではありますが、毎回全力でゼミに取り組んでいただいた指導教員の牧さんに感謝申し上げます。ありがとうございました。夏休みが終わると、牧ゼミ3期生の旅は後半戦に入ります。修論という頂きに向けてゼミの仲間で駆け抜けたいと思いますので、引き続きよろしくお願いします。

以上


次回の更新は8月28日(金)に行います。