[ STE Relay Column : Narratives 081]
渡邊 崇之 「科学技術と新事業創造ファクトリーの立ち上げへの挑戦」

渡邊 崇之 / 早稲田大学大学院経営管理研究科ファイナンス専修修了 / KPMGコンサルティング株式会社

[プロフィール] 東京都板橋区出身。中学・高校は公文国際学園という新設校に二期生として通い、「伝統を自身で創る」という経験をする。2005年に早稲田大学政治経済学部経済学科を卒業し、トヨタ自動車に入社。海外事業企画、商品計画実務を経験し、株式会社ディー・エヌ・エーに移る。ここでも経営企画、商品企画(ソーシャルゲームプランナー)を経験し、セガゲームスにてマネジメントを経験。その後、KPMGコンサルティングに参画し、現在オープンイノベーションに関する支援体制の立ち上げを実施中。
2019年3月早稲田大学大学院経営管理研究科ファイナンス専修卒業。WBSファイナンス専修では大村敬一ゼミ(応用ファイナンス理論)に所属。
早稲田大学リサーチイノベーションセンター招聘研究員、早稲田大学オープンイノベーション戦略研究機構 科学技術と新事業創造リサーチ・ファクトリー ファクトリー・クリエイティブ・マネージャー。

 牧さんがNarratives066にて早稲田大学オープンイノベーション戦略研究機構に「科学技術と新事業創造ファクトリー」を設立する旨を記載されておりました。早稲田の中でも極めて新しい取組であるこのファクトリーに、ファクトリー・クリエイティブマネージャー(FCM)として参画させていただくことになりました。FCMの活動としては、大学内の研究シーズの事業化に関連した様々な取り組みに参画し、競争領域における共同研究を促進していくというものです。これも、KPMGジャパン全体として大学発ベンチャー支援などのインキュベーション活動を強化する中で、早稲田大学のオープンイノベーション機構の活動への賛同があったこと、また牧さんの大きな後押しがあったから実現したことだと思います。関係者の皆様には本当に感謝しております。今回は、その経緯でこのコラムを書かせていただいております。
 WBSファイナンス専修では、大村先生のゼミに所属していました。論文は暗号通貨の特性を活用することで、Black[1972](注)が提唱していた「ゼロベータポートフォリオ」を活用したゼロベータCAPMが実現するのではないかという内容を扱いました。理論が実現することによる実務上の提供価値を検討し、資産運用分野におけるイノベーションの可能性を提示するというものでした。
 改めて考えてみると、論文で検討していたプロセスはまさに「理論を具現化する」というプロセスであったのだと思います。実験による検証という意味では、自身の論文では簡易なシミュレーションを行いましたが、数理モデルを作ってシミュレーションを繰り返し、試行錯誤を行いながら理論を具現化していくというのはまさにデザインアプローチの一つなのかな・・・と今まさにNarratives066を見ながらこのコラムを書いて実感しています。

(注)Black, F. (1972). Capital market equilibrium with restricted borrowing. The Journal of business, 45(3), 444-455.

理論を具現化するには
 上記の経験をもとに、「理論を具現化する」ために必要なプレイヤーを考えてみました。(1)革新的な技術やアイディア(例:ブロックチェーンや暗号資産という技術)の特徴に関して詳しい人、(2)具現化されていない理論(未解決の課題や領域)について把握している人、(3)理論が技術等で具現化した際の提供価値(ビジネスモデル)について検討できる人、少なくともこの3者の組み合わせが必要なのだと思います。上記の(1)、(2)、(3)のプレイヤーが集まってビジネスモデルを作っていく際にデザイン思考やリード・ユーザー・リサーチ、また科学的実験の導入による仮説検証という「イノベーションの手法」を理解し導入することで、事業化までのプロセスが明確になり、議論が高速化するのだと思います。この点に気づかせていただいたのも、大村先生の熱い指導と大村ゼミのメンバーである吉田さん、染野さん、平山さん、また引寺さんをはじめとしたファイナンス専修のメンバーが私の拙いアウトプットに対し常にアイディアを出していただいたことによるものだと思います。
 その中で、ファクトリーの役割は業界のリーダーとともに理工系・社会科学系の専門家の知を集積して技術シーズの事業化までのプロセスを高速化する手法を提示するということではないかと思います。同時に、チェスブロウが『オープンサービスイノベーション』で指摘しているように、製品中心のイノベーションには限界があり、競争力を持続可能なものにするためにはプラットフォーム型のビジネスモデルの検討が合わせて必要という観点もあります。まさにこの点は理工学系各研究室が持つ技術シーズと牧さんのイノベーション分野、そしてアントレ・競争戦略・マーケティング分野とのコラボレーションが効いてくるのではという仮説を持っています。
 ビジネススクールの枠を超えて、理工学系との連携を行っていくというのは早稲田ではこれまでにないアプローチですが、国内外では類似の取組事例もあるので、そういった事例を参考にしつつ、早稲田なりのイノベーションの進め方を提示できるとよいのかなと思います。そして、それを横に広げていくのはビジネススクールのネットワークだと思っており、牧ゼミの皆様をはじめ、WBSおよび国内MBAのネットワークを生かして連携を深めていければと思います。関係する方々がこれからどんどん増えてくるかと存じますが、これからもご指導をいただければと思っています。

おわりに
 「新しいことに挑戦する」という観点では、中学・高校時代の新設校で「伝統を自身で創る」という経験が原体験としてあります。ノウハウがない中での大学受験で試行錯誤をする中で気づいたのは、限られた時間で成果を出すためには過去の知の集積に基づく取組プロセスやフレームワークを有効に使うことが重要だということでした。今取組んでいることは新しいように見えても実は過去に先人が類似の事象に対応したことがあり、そのノウハウを自身の取り組みに取り込むことでショートカットができる。長時間の作業が成果を出すうえで本当に効率的なのか、実は必要ない試行錯誤をしているだけではないかということを常に問い続ける必要がある・・・。
 上記のファクトリーの活動も企業が新しい取り組みをする際に、少しでも効率的なアプローチができる手法を提示できれば良いなと考えています。当初はスモールスタートになるかと思いますが、長い目で見守っていただければと思います。今後ともよろしくお願いいたします。


次回の更新は3月6日(金)に行います。