[ STE Relay Column : Narratives 078]
山内 康裕「 WBS1年目からの退学の勧め」

山内 康裕 / 株式会社エヌ・ティ・ティ・データ

[プロフィール] 愛知県出身。早稲田大学国際教養学部を卒業後、2009年にNTTDATAに入社。大手広告・人材派遣会社、大手携帯キャリア、国内インフラ企業の大規模PJの基盤レイヤのアーキテクチャ設計や性能チューニングに従事。その後新規事業企画に異動し、「2ndスクリーンを活用したサッカースタジアムでの新たな観戦スタイル提供PJ」、「AIを用いたニュース原稿の自動生成PJ」、「AIによる映像からメタデータを抽出するプラットフォーム」、「全英オープンでAIによるゴルフダイジェスト映像自動生成」などの企画立案及び開発プロジェクトマネージャを実施。スタートアップ、NTT研究所、産学連携のスキームを活用し、新規技術を用いたより社会的インパクトの大きなイノベーションを実現したく、2017年4月、早稲田大学大学院経営管理研究科に入学。2018年4月より第一期生として牧ゼミに所属。2018年9月よりWBS退学。2019年9月にLondonにあるRoyal College of ArtのService Design programmeに企業派遣生として留学中。

・私がWBSに入学しようと決意したのは自分が立ち上げまくった企画一つ一つが社内外でウケまくって実証実験まで進むのだが、その後の実ビジネスとなると途端にしょぼんと萎んでしまう経験を幾度となく直面したからだ。新規事業企画をやると決めたのが5年前だったから、「Deep Learning」とか「NTT研究所の新規技術活用」とか「技術系スタートアップとの連携」とか光り物を利用して、社内や顧客に投資してもらって絶対成功させてやると意気込んでも、やっぱり実証実験で終わる。なんだこれ。色々ある社内ファンドに数億円投資してもらっても、結果がでない。同じ事業部の隣のチームが既存プロジェクトの運用で着実に売上・利益を出しているのに、私は事業部の事業計画の利益率を下げるばかり。あかん。なんかおかしいビジネス理解しないとあかん。勉強しよう。と2016年の12月に決意し、WBSに入学した。

・WBSは刺激的だった。幼少から大学まで文学・批評が好きで、だから自分がよもや就職するとか考えたこともなかったが、ITがこれからなんとなく面白いだろうと思ってNTTDATAに入社。入社1日目で「あれこの会社なんか違うかも」と思ったが、入社までExcelのタブ内改行もわからなかった自分に5年間エンジニアリングを学ばせてくれた。その後に新規事業企画チームを立ち上げ(チームと言っても最初は1人)、初めてビジネスを意識したのが30歳。やっとビジネスに興味を持ったところにWBSにきたものだから同級生と同様WBSにずっぽりハマる。しかし牧さんのプレゼミは、私の直属の上司の退任式と被り欠席。最終的にゼミを決める直前になって教授陣が15分ずつプレゼンするイベントで牧さんのプレゼンをみて、直感的に「あっ、このゼミだ」と決めた。

・牧ゼミ一期生は松大さん、ジョージさん、草地さん、高山さん、ウネちゃんという優秀なメンバが集まった。このメンバとゼミが本格的に始まる前にイノベーションマネジメントの輪読を行うことで「新しい技術の社会的活用=イノベーションの創出」ぐらいに思っていた私の考えは脆くも崩れ去り、イノベーションの定義から、組織設計、ミッション・ビジョンメイキング、リーダーシップ、アントレ、チームメイキング、人事評価のインセンティブ設計、新技術へのR&D投資などのイノベーションマネジメントを学んだ。またその後の半年間所属した牧ゼミでは、Netflix等、最新イノベーション企業のケースをベースにゼミメンバで議論したり、海外で戦ってきた多様な経験を持つ方々のゲストの講義が行われた。その中でも特に印象的だったのはGlobal Catalyst Partners Japanの大澤さんと東大TLOの山本さんだ。大澤さんは、日本は優秀な人材が大企業に就職してしまうため、それが日本のイノベーション創出の阻害要因の一つになっているという仮説を持つ。優秀な人材が大企業に集まっているのだったら、その人材を利用してベンチャーを立ち上げさせれば良い。そしてその活動が大企業にとっても有益であるスキームを構築すれば良い。大澤さんはこの様に考え、大企業から人材を派遣させてベンチャーをスピンオフ的に立ち上げさせる新たな新規事業創造スキームを大企業向けに構築した。このスキームは新事業創出の可能性を増加させると共に、社内イノベーター人材を育成するという二つのメリットを同時に大企業に提示する。しかもベンチャーを増加させることで国内のイノベーション創出を促進させる、という日本のためのメリットも同時に達成しようとする大澤さんの大胆なビジョン・戦略に衝撃を受けた。「戦い方を学んで、ビジネス創出を成功させたい」という動機で門を叩いたWBSだったが、そのHowだけでなく、「何故自分は戦うのか、何に貢献したいのか、するべきなのか」というWhyをこのゼミは内省させる。自分がやってきた社内の新規企画は誰のため、何のためだったのか。そんな気持ちが膨れ上がる。また東大TLOの山本さんが目指す産学連携のスキームは、新規技術を社会にインテグレートしていくウチの会社と相性の良いコラボレーション先となると確信し、直ぐに会社の事業部長クラスと山本さんを繋いだ。その後何度も東大TLOと一緒に顧客先に行って新規技術の活用の議論の場を構築していった。この様に、牧ゼミでは、深い学びはもちろん、それに加えて普段会うことができないゲストとの出会い、また実ビジネスの成長のためのネットワーキングの機会まである刺激的な空間だった。こんな新しいUX(User Experience)を提供するWBSを全力で楽しんでいたのだが、プレゼミが始まる前の2017年11月に会社の人事部から企業派遣生の推薦の話が自分にきていた。HQの人事部からの推薦だからすぐ留学が決定するのかと思いきや、人事部が推薦したメンバの中で社内選考が5ヶ月もあった。WBSのゼミ選考、1年冬の期末テスト、仕事と社内選考を駆け抜け、運よく私は企業派遣生として決定した。

・私は企業派遣生の話が来る前のこの頃、自分が仕事を進めていく上で大きな課題を認識していた。それは自分が新規事業として立ち上げまくってきた企画が、顧客の真の課題に全く答えていなかった事だ。WBSのお陰で顧客の経営レイヤの課題にまで意識ができるようになったことで気付いた顧客の真の課題だったが、その課題は今の自分の能力では全く解決できない課題だった。どこから手をつけて誰に最初に話せばいいのかもわからない。企業派遣生を決める社内の面接で私はこの自分の課題認識をぶつけた。

・「自分が進めてきた新規事業はそこそこ形になってきたが、自分がやってきたことは、放送事業を営むお客様の真の課題である『21世紀に於ける放送の公共的役割の再定義』を解決するには全く至っていない。顧客が真に悩んでいることは、『放送事業が置かれている状況、つまりNetflixの台頭、自己実現ニーズの多様化、モバイルファースト時代において、テレビ視聴が圧倒的に減っているにも関わらず、日本で放送事業が開設されて以来全く変わっていない放送事業の収益モデルの凋落に対する葛藤だ』戦後直後に放送事業が果たした公共インフラ的役割によって成り立っていた収益モデルは、社会の変容によって自己矛盾を抱えるモデルに変わった。そしてこの問題を解決するには、ビジネスやエンジニアリングの観点だけでは解決できない。より分野横断的で俯瞰的な視点で『21世紀に於ける日本の放送事業の公共的役割の再定義』をするべく、アイデアを抽出し、コンセプトを構築して、実際の形を提示して賛同を得るデザインプロセスアプローチが必要だ」

・このように私が直面した顧客が抱える真の課題はビジネスの観点だけでは解決できないものだった。この課題認識が私にビジネスアプローチ以外の問題解決方法やソーシャルイノベーションに強く興味を抱かせた。だからこそソーシャルイノベーションを実現していく手法として可能性を感じていたデザインアプローチを学ぶための留学をしたいと面接で伝えた。そしてそれはこれからのNTTDATAが戦略的に育てていく必要があり、私がその役割を担うということも伝えた。2019年に34歳。2年の留学で(帰国するつもりは無いが)2021年に36歳。年齢的にはギリギリ。であるならばエンジニアリングとWBSも含めたビジネス経験がある私にとって、最も欠けているピースであるデザインの能力を開発させることを今は優先するべきじゃないのか。そして海外に留学するんだったら日本には存在しないイノベーション創出のためのデザインプロセスを学ぶ学校に留学することが今自分にとって現状考えうる最適解なのではと考えるようになった。

・会社は海外MBA生として派遣させることが前提だったため、企業派遣生として決まった私はデザインプロセスが学べる海外MBAプログラムを探した。Illinois Institute of TechnologyやRottman school of managementなどがデザインプロセスを学べる授業を提供していた。しかしやはりMBAの中のほんの一部にしか過ぎない。であればわざわざWBSで学んだことをまた学ぶのは時間の無駄だからデザインプロセスだけを集中して学べるアート・デザインスクールの方が、自分が実現したいことに適合している。だから今までウチの企業で海外派遣させるといえばMBAだけだったのだが、人事部に頼み込んでアート・デザインスクールに留学することを認めてもらった。世界のトップ校に留学するには、英語能力が足りない私にWBSと留学準備のための塾と仕事の掛け持ちは不可能だったため、牧ゼミだけ聴講生として参加させてもらって、あとは英語の勉強をした。それでも時間が足りず、牧さんと相談し2018年9月を以てWBSを退学した。その後WBSを退学しているにも関わらず牧さんに推薦状をお願いする。牧さんは忙しい中快諾して下さった。2019年4月NewYorkやChicagoやLondonのデザインスクールを受験して、第一志望だったLondonにあるRoyal College of Artに合格。2019年6月に駆け足で結婚式をあげ、2019年9月に入学した。

・同じ会社に勤めていた妻が、私の留学に帯同するために会社を辞めなければいけない事。会社からは2年間の留学中は評価の対象じゃないから同期よりも昇進が2年遅くなると言われた事。留学後に仕事に復帰し5年以内に会社を辞めた場合は授業料を全額返金する必要がある事。このような条件がある中で、WBSを辞めて、日本でまだ価値がはっきりしていない海外のデザインスクールに留学する事。この自分の選択が正しいかはわからない。何かを「選択する事」は、選択しなかった他の選択肢を捨てる事と同義だ。選択には常に失う痛みを伴う。だから選択するという行為は、自分の他の可能性を狭めるようにも感じる。WBS2年目での授業や、ゼミメンバと一緒に学べるはずだった経験を失い、ひたすら1年間英語だけ勉強している時間は意義あるのかと感じていた。「一年早くWBSに入学していれば」、とか「次の年に留学の話がきていたらよかったのに」とも思った。

・でも自分の覚悟の上で選択して他の可能性を捨てる事は、実は「前進すること」だったのだと遅まきながら気付くことができた。自分の他の可能性を捨てることになるから選択しない、というのは自らの前進を止める事だった。自分の覚悟の上で大きな喪失を伴う選択をすると、実はその選択肢の次にある、また新たな選択肢が生まれるのだ。だから判断が正しいかに怯えたりするのではなく、悩んだ上で選択自体を行うことこそが大事だった。私はWBSを辞めることになったが、この判断が正しかったかどうかはどうでもいいと思っている。吟味した結果だったのならば間違っててもいい。ただ自分が信じたことを覚悟を決めて選択する。その「選択をする事自体」こそが2年前悩んでいた時に見えていた景色と、今見えている景色を大きく変えてくれたと思う。

・だから必ずしもWBSが指示するレールにばかり乗る必要は無くて、自分が今本当に必要だと思うことを悩みながら選択すれば良いと思う。牧ゼミは優秀なメンバが集まっており、新しい刺激と新鮮な情報の渦に飛び込める最高の環境なのは間違いない。しかしもし膨大な情報を受動的に受けて処理するだけでいっぱいいっぱいになる時があれば、一度自分は本当は何がしたかったのか、今自分にとって何をすることが一番大事なのかを振り返ってみるといい。実はWBS・牧ゼミは学生が内省するためのきっかけも多く与えてくれる。私はWBSに点在する様々なきっかけに触れることで、自分の今までの仕事の在り方を振り返り、「何のために仕事をするのか」を内省し、WBSを退学するという新たな決断をすることができた。仕事や家族がある中、休日も夜も授業があり忙しく過ごし、大量の情報を受けて、様々な決断を迫られて処理するのが精一杯になるこのタイミングだからこそ、WBSが与えてくれるきっかけに気付き触れて、もう一度自分を振り返り内省し、自分自身の思いを理解し、自分にとって最も大事な選択をすることをお勧めする。これが私なりの「WBS1年目からの退学の勧め」だ。


次回の更新は2月14日(金)に行います。