[ STE Relay Column 004 ]
長根(齋藤) 裕美「日本におけるスター・サイエンティスト研究の地平を拓く」

長根(齋藤) 裕美 / 千葉大学大学院・社会科学研究院准教授

[プロフィール]
博士(経済学)。研究分野は医療経済学・イノベーション研究。テーマは医療保険制度の効率性と公平性、医薬品・バイオ企業の研究開発活動、産学官連携、大学から企業への知識移転、科学技術政策、論文の生産性、スター・サイエンティストの分析など。主な書籍として『知的財産イノベーション研究の展望』(日本知財学会編、白桃書房)、『医療経済学講義』(橋本・泉田編、東京大学出版会)、他。政策研究大学院大学助教授を経て現職。

技術革新は経済成長のエンジンになることはもちろんのこと、新しい製品・サービスを生み出すことを通じて人々の厚生を改善するという意味で、政策的にも重要な課題である。画期的な技術革新は、基礎研究の成果に基づくことが多い。特に医薬品産業はサイエンス型産業ともいわれ、基礎研究の成果が非常に重要になる。しかしながら、基礎研究は成果がでるまで長い時間と莫大な費用がかかり、そもそも成果が出るかどうかの不確実性が高いことなどから企業が負うにはリスクが高すぎる。ゆえに大学・公的研究機関が基礎研究を主に担ってきた。

むろん基礎研究の成果を新しい製品・サービスにつなげるには、大学・公的研究機関から産業へ知識を移転すると言うことが重要になる。私はこうした知識移転について政策研究大学院大学教授の隅蔵康一氏と10数年にわたって研究してきた。この過程で、University of California, Los Angeles(UCLA)のLynne G. Zucker教授およびMichael Darby教授の論文に触れることも多かった。彼らはいわずと知れた「スター・サイエンティスト」研究の第一人者である。彼らは卓越した業績をもつスター・サイエンティストに着目し、スター・サイエンティストと企業、産業、地域との関わりやそのインパクトについて研究してきた。私と隅蔵氏の行ってきた研究は、必ずしもスター・サイエンティストに着目したものではなかったが、科学が産業や地域にもたらすインパクトに光を照らすという点では通底していた。

そのようななか隅蔵氏がZucker and Darbyの弟子にあたる牧兼充氏(当時GRIPS, 現WBS)と引き合わせてくれ、牧氏がさらにZucker and Darbyに引き合わせてくれたことでUCLAでの在外研究が実現した。それと並行するように、牧氏をリーダーとする「Star Scientists and Entrepreneurship(以下SSE)」という研究プロジェクトが始動した。米国ではスター・サイエンティスト研究の蓄積は十分なされてきたが、日本ではまだまだ手薄である。特に日本のイノベーションシステムにとって極めて重要な“1995年”、すなわち科学技術基本法が施行された前後から現在に至るまでのスター・サイエンティストと産業との関係についての研究は、ほとんどなされていない。我々はZucker and Darbyの研究を日本に移植するだけではなく、彼らの研究を超えて、さらなるスター・サイエンティスト研究の地平を拓くことを目指してプロジェクトを開始した。創設メンバーは牧氏、隅蔵氏、私のほか、原泰史氏(当時GRIPS専門職、現ミシュランフェロー)であるが、後に佐々木達郎氏(GRIPS専門職)も迎えた。佐々木氏とは、ほぼ初対面のその日から一緒に論文執筆作業を開始したが、何の違和感もなく、旧知の仲間のようにスルスルと共同研究を展開中である。それも佐々木氏のお人柄によるものかと思われる。原氏は主にデータ構築の基盤に関わっており、この作業には福留祐太(慶応院生)や菅井内音(東工大院生)をはじめとした多数のRAも尽力してくれている。こうした良き仲間、RAたちに支えられ、本プロジェクトは順調に推移している。

私のUCLAでのミッションは、もちろん研究することであったが、もう一つの重要なミッションはZucker and Darbyに我々のプロジェクトSSEに関心を持ってもらい、国際共同研究につなげるための橋渡し役を務めるということもあった。自分がその役目を果たしているかは定かではないが、少なくともZucker教授は受け入れ教授という立場を超えて、人生の先輩として時折貴重なアドバイスを授けてくれることも多かった。研究者として、女性として、いつまでも「キラキラ感」満載のモデルケースに出会えたこともUCLAでの収穫であったかもしれない。

さて、こうして紡いできたUCLAとの縁も、国際共同研究という形で結実しようとしている。もちろんそのためには、我々の研究プロジェクトをもっと魅力的なものにして、関心を持ってもらうという努力を積み重ねなければならない。その結果、UCLAのみならず、アジアの大学などとも国際連携という形で広がっていけば、我々が目指すスター・サイエンティスト研究の地平も自ら拓かれるものと期待している。

 


次回の更新は8月17日(金)に行います。政策研究大学院大学専門職及び早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター招聘研究員の佐々木 達郎さんによる「人生を変えた出会いを振り返る ~科学者発・早稲田ビジネススクール経由・イノベーション研究者までの不思議な道のり~」です。