[ STE Relay Column 003 ]
原 泰史 「街の明かりが強い夜に そこに広がる星たちが見えない世界 -科学者をいろいろなデータから分析する-」

原 泰史 / CEAFJP/EHESS

[プロフィール]
株式会社クララオンラインに所属後、日本学術振興会特別研究員DC1 に。一橋大学イノベーション研究センター、政策研究大学院大学科学技術イノベーション政策研究センターを経て、パリ社会科学高等研究院に在籍中。詳しくはこちら (http://ffj.ehess.fr/yasushi_hara.html) に。主な研究テーマは、科学とイノベーションの関係性、産学連携、技術の社会構築性など。

1. イントロダクション
バトンを預かりました、パリ社会科学高等研究院 日仏高等研究センター原泰史 (はら やすし) と申します。スターサイエンティストプロジェクトでコラムを連載するというので、フランスとベルギーがワールドカップの準決勝を賭けて戦う直前に、このパリの片隅でどう指定の文字数を埋めようか思案しながら書き始めたところです。BGMにはドリームズ・カム・トゥルーの 『Sing or Die』 が流れております。今聞くと、海外に打って出るには致命的にリズム・セクションが弱かった気がします。今聞くと。いつだって吉田美和は最高なのですが。

2. スターサイエンティストプロジェクトと私
その昔、「政策のための科学」という文部科学省の事業がありました。今でも続いている気がします。で、一橋大学というところに、イノベーション研究センターというところがあって、そこには野中郁次郎先生や米倉誠一郎先生や長岡貞男先生が居たのでした。(イノベーション分析のアカデミックな)レジェンドばかり。そこで、長岡先生が主導する「イノベーションの科学的源泉とその経済効果」というプロジェクトが始まりまして、「政策のための科学」事業の一環としてJST/RISTEX (科学技術振興機構社会技術研究開発センター) がファンドをした結果、プロジェクトメンバーのひとり (特任助手) として在籍しておりました。その前はクララオンラインという会社で働いても居たりしたので (社長の家本賢太郎さんは、PIの牧さんの友達だったりします。世間って狭いよね)、何故か大学の助手までやったし、もうしばらく働かなくてもいいかと思っていたら、なんやかんやあり政策研究大学院大学 (GRIPS) というところにお世話になることになりました。黒田昌裕先生を始めとして、ここもレジェンドばかりで、ITエンジニア崩れがこんなところに居ても良いのかと思っていたのですが、3年間居たのでした。

前置きが長くなりましたが、GRIPSでお会いしたのがPIの牧さんだったり隅蔵さん、長根さんだったりします。あ。ちょっと違う気がする。牧さんを知ったのは、早稲田ビジネススクールの長内厚先生経由な気もしてきました。こんなことでは、将来『私の履歴書』を書くときに困る気がします。GRIPSでは科学技術イノベーション政策という、文字面では理解できそうなのですが、いざ微分すると何でもありな、まさに文部省と科技庁のインタープレイな取り組みの中で、いろいろなデータを集めて分析することを中心に行っていました。で、どうやら牧さんもこうしたデータにご興味があるということなのでいろいろと情報交換しているうちに、午前1時にフェイスブックからメッセージが飛んでくるようになり、「ああ、なんでこのヒトはこんな時間に連絡してくるんだ。〇〇先生じゃあるまいし。」とかおもいながら過ごしているうちに、気づいたらメンバーになっていました。

これは完全にベンチャーの手口ですわ。

ところが、去年。2017年の初夏にとあるメールがパリから届き、パリの社会科学高等研究院でお世話になることが決まりました。早稲田ビジネススクール入山章栄ゼミ出身の妻と結婚することも決まり、これで僕は家庭に入って牧さんのプロジェクトはじめ学者稼業のモンキービジネスから逃れられるかと思ったら、そこには妻に「原さんがパリに行っても、スターサイエンティストのプロジェクトに関与するように見張っててくださいね」とお願いする牧さんの姿が!

かくして、花の都パリでも、Skype や Slack や Facebook などの文明の利器を使って、プロジェクトのメンバーのひとりとして引き続き関与している次第です。なお、代わりに東京での仕事をお願いできる方は居ないかなあと思い、「早稲田ビジネススクール ガンダム ブログ ネゴロク」でグーグル検索したところ見つかった佐々木達郎さんに、いろいろと現在進行系でお願いしているという流れになります。

3. 科学者の多面的な役割を解析する
ただの内輪話を書き連ねても、たぶん面白くないのでここから若干真面目な話に移りたいと思います。僕がこの5-6年行っている研究テーマとして「科学からイノベーションに至る流れを可視化して、その生成プロセスを明らかにする」というのがあります。詳しくはEHESS Research Note としてまとめたのでこちら (リンク先: http://ffj.ehess.fr/index/article/362/binding-of-gap-science-and-innovation.html) をご覧ください。どうも調べていると、世の中で『イノベーション』と呼称されるような、革新的な技術や製品が世の中に生まれ、かつそれが社会に普及するまでのプロセスは、まだまだ分からないことが沢山あるのです。

イノベーション研究の最近の流行りとして、なるだけデータを使って、それらの動きを解析してみよう!優れた企業家の武勇伝や企業の成長ストーリーを追いかけるのもいいけれど、それを、ROIや、特許の共同出願数や、論文の被引用数や、企業情報と特許概要のコサイン類似度を測定して新規性を測るなど、指標化を行うことで、出来るだけ一般性を統計的に担保出来る形にして解析しよう!という流れが生まれつつあります。

世界標準のイノベーション研究。僕の関心は、データで明らかに出来ることと、出来ないことは何かを、なるたけ明らかにすることです。イノベーションの成り立ちをデータで解析出来ないとしたら、定性的なインタビュー調査やサーベイ調査で、それらを明らかにすることは出来るか。そうした取組を行うことで過去の歴史から学び、果たして、どのようにして、経済や現代文明の成長エンジンたるイノベーションを、継続的に世界に起こすことが出来るのか?というところに関心があります。

一例をここでは掲載してみたいと思います。DBpedia.org という、Wikipedia の掲載情報をRDF にしたサイトのSPARQL Endpointに、Linked Data Reactor (http://ld-r.org/) から接続して、Wikipedia に掲載されているScientist の全情報を取り込みます。そして、各国ごとに、科学者とそのPhD Advisor の関係性を、ネットワーク図示化してみます。

図1. アメリカの科学者とその PhD Advisor の関係性

図2. ドイツの科学者とその PhD Advisor の関係性

図3. 日本の科学者とその PhD Advisor の関係性

ひたすら規模の大きなアメリカ (図1)、横同士のつながりが強く見えるドイツ (図2)、規模は小さいけれど、師弟のつながりが見え隠れする日本 (図3)と、それぞれに特性がありそうです。このような違いが、ナショナルイノベーションシステムの構成要素に依るものなのか、大学システムに依るものなのか、はたまた Wikipedia のデータカバレッジの都合なのか、ひとつ一つの要素を微分していくといろいろな可能性が考えられます。そうした中から、細かな点と点の間から、因果関係を解き明かすのが、社会科学者の生業であるわけです。スターサイエンティストプロジェクトでは、特許や論文、あるいはこのような科学者の社会的な貢献を示すような、多面的なデータソースを用いることで、科学者の役割、特に、優れた科学者がイノベーションの形成において果たす役割について導き出すことを目標にしています。

4. 最後に
最初にドリカムの話を書いたので、強引に最後繋げることにしましょう。1990年代のドリカムってすごくパワーがあって、大人気で、日本という市場の中でたくさんCDを売り、その勢いで海外に打って出たわけです。で、アメリカ市場で英語詞でアルバムを出して、ショーケースライブもしたけれど、日本ほどの成功は納められなかった。宇多田ヒカルもしかり。だけど、ピコ太郎は大人気に。ピコ太郎、日本の芸能界で売れるまでに20年掛かったのに。

一方、科学は普遍的であり、日本のスターサイエンティストの業績は海外でも同じように、被引用数を観る限りは評価されているわけです(社会科学は違う気がするけど)(そもそも、被引用数でいくと、社会科学の分野では日本にスターサイエンティストは居ないので超ガンバレ牧さん)。一般性と特殊性は表裏一体で、表層の裏側には多面的な構成要素があり、それを丁寧に解き明かしていくのが学者という稼業です。パリで暮らしていると、科学という営みは、音楽とはちょっと違って、世界中でほぼ同じ方法で、同じように、学会発表したり、ワーキングペーパーを切ったり、ジャーナルに通すために七転八倒しているのだなあと痛感します。

科学者が科学者の解析を行うというのは、よくよく考えると不思議なプロジェクトだなあと思いながら、スターサイエンティストのプロジェクトを楽しんでいる次第です。

 


次回の更新は8月10日(金)に行います。千葉大学大学院・社会科学研究院准教授の長根(齋藤)裕美さんによる「日本におけるスター・サイエンティスト研究の地平を拓く」です。