[ STE Relay Column : Narratives 193]
窪田有彩美(澤田有彩美) 「TOM2022で子連れ授業のプロトタイピングに挑戦! 〜MBAと出産・育児〜」

窪田有彩美(澤田有彩美) / 株式会社 博報堂

[プロフィール]兵庫県出身。京都大学経済学部経営学科を卒業後、2012年に大手総合広告代理店に入社。マーケティング実務の専門家として、クライアントのビジネス課題の解決を、デジタル&ダイレクトマーケティングやブランディング、新規事業開発・D2C事業のスケール支援、コマース領域の研究など、幅広い手口で担当。2021年の妊娠を機に、早稲田大学大学院 経営管理研究科(夜間主総合コース)の受験を決意し、試験に臨む。入学後は、臨月まで授業に通い、夏休みに出産を経験。夫のサポートの元、産後2ヶ月で大学院に復帰し、育児とキャンパスライフの両立に奮闘している。

はじめに
 私からは、秋クォーターに受講した牧先生の「技術とオペレーションのマネジメント(通称TOM)」の授業にて、多くの方々のご協力のもとで実現した「子連れ授業」にフォーカスをしてご紹介します。なぜなら、この「子連れ授業」には、全8回の本授業で得られる学びのエッセンスが、たくさん凝縮されている象徴的な取り組みでもあると考えるからです。ちなみに牧先生の「技術とオペレーションのマネジメント」は、“イノベーションのマネジメント”までを取り扱っており、イノベーションを生み出すための「メンタリティ」や「仕組みづくり」「組織の在り方」について得た学びを中心に、ご共有致します。

未来のMBAは「子連れ授業」も当たり前!?
 突然ですが、海外のビジネススクール(MBA)では、赤ちゃんを同伴して授業を受ける「子連れ授業」の光景が、さほど珍しくないそうです。一方で、日本のビジネススクールでは、どうでしょうか?「大学院の授業に赤ちゃんを連れてくる」と聞くと、内心ギョッとしてしまう方が多いのが実情ではないでしょうか。もしかすると、この海外と日本とのGAPが取りこぼしている潜在ニーズは大きいかもしれません。
 現在、早稲田ビジネススクールの学生の平均年齢はおよそ35歳だそうですが、この年代はどうしても出産や育児に差し掛かる方が少なくなく、家族計画とキャリア(学業)の両立に苦慮している方も多いと推察されます。
 私自身は、家族の理解やサポートもあって、運よく通学していますが、やはり出産前には想像できなかったような大変なことも多数発生し、四苦八苦しながら過ごしていました。
 そんな中、牧先生から「授業に赤ちゃんを連れてきてみたら?」というお話を最初に頂いた時に、私自身、正直、先生の意図が十分に分からず、「生後3ヶ月に満たない赤ちゃんを大学院に連れて行って(赤ちゃんも、他の学生さんたちも)本当に平気かな?」と尻込みする気持ちがありました。
 しかし、さすが“イノベーションのマネジメント”を研究テーマの1つにされている牧先生ということで、「未来のMBAのあり方・授業の在り方」についてみんなで考えを深めるきっかけにする目的で、この実験的な取り組み「子連れ授業」のプロトタイプの実装を実現することができたのです。このチャレンジは、偶然にも私と同じ月に出産を経験した池田さんと一緒に、赤ちゃんを授業に連れてくることから始まりました。そして、今回の実験的な取り組みこそが、「イノベーションマネジメントの実践そのもの」であると、私たちは気づくのです。

みんなの手作りで実現した「子連れ授業」プロトタイプ
 実際に行ったことは、“土曜日の授乳室の開放”から始まりました。早稲田大学には立派な授乳室と託児所があり、育児中の方でも通えるよう最低限の環境・設備は揃っていると言えます。しかし、どれほどその事実が知られていて、実際に利用されているでしょうか?現に、長時間授業を受けることの多い肝心の土曜日に閉鎖されていることがわかったので、池田さんが大学のダイバーシティ推進室に掛け合ってくれ、開放されることになり、とても快適に利用できました。

 また、授業中は、隣り合わせの教室を2つ利用し、赤ちゃんが泣いてしまった時や、授乳やオムツ替えが必要になった場合は、退出してもう片方の教室に移動できるように配慮して頂きました(即席の育児スペースの手配)
 そして、移動先の教室では授業の中継をオンラインで配信してくださり、別室にいて赤ちゃんのお世話をしていても、授業が受けられるようになりました。
 他にも、一緒に授業を受けている多くの受講生の方々が、赤ちゃんを連れてきやすいような雰囲気作りをしてくれたことがとても嬉しかったです。
 例えば、私が赤ちゃんの抱っこで授業に集中できなかった時は、代わりにノートをとって共有してくれたクラスメートも居ましたし、挙手ができない時には代わりに手を挙げてくれたクラスメートも居ました。また、抱っこが得意な人は、私たちの代わりに赤ちゃんを抱っこしてくれることもありました。特に、TAの辻さん(三人のお子さんを育てながら牧先生のゼミのゼミ長も務められたそう)の抱っこは完璧で、授業中に娘が泣いて大変だった時に、とてもお世話になりました。
 他にも、玉木さんは「赤ちゃんも生徒の一人だ」という面白い視点で考えてくださり、赤ちゃん用の名札を自作で用意してくれました。結果、我が娘は生後2ヶ月というおそらく史上最年少で、早稲田ビジネススクールの授業を受けた生徒になりました(笑)。また、赤ちゃんたちがご機嫌で授業を受けられるように、自社製の乳児向けぬいぐるみをプレゼントしてくれたクラスメートの心意気も嬉しかったです。

「子連れ授業」プロトタイプによる前進
 この日の授業後は、正直、過去にないくらいとてもクタクタになって、家に着いてからベッドに直行したくなるほどだったのですが(笑)、荒削りでも「子連れ授業」を実施したことで、私たちには大きな前進がありました。
 授業で取り扱ったIDEOのケースにも出てきたように「プロトタイプを用意することで会話やインタラクティブが生まれ、新たなフィードバックを得ることができる」ということを実際に体感できたのです。
 具体的には、今回のプロトタイプの実施によって、「正直、赤ちゃんが泣くと別室に移動してもあやすのが大変で本人が授業に集中できない」「別室とはいえ授乳室ではないので、気軽に授乳はできない」等の問題が発生はしましたが、こういったことは実施したからこそわかることであり、改善ポイントがクリアになることで、未来の「子連れ授業のメジャー化」の実現に向け、大きな一歩を踏み出せたように思います。これが「プロトタイプによる効果」なのだと実践的に気づきました。

「イノベーション」を促進する”メンタリティ”とは?
 また、「イノベーション」を生み出すために必要な「メンタリティ」について、大きな発見がありました。私自身、牧先生がなぜ「赤ちゃんを授業に連れてくること」を積極的に後押しして下さっているのか、最初は分からなかったのですが、「子連れ授業」の実施前後に何度も反芻することによって、徐々に気づいたことがあります。
 それは、「知らず知らずのうちに陥りがちな“現状維持”を打破すること」です。私自身、赤ちゃんを育てながら学校に通う上で感じていたいろいろな制限や、やりにくさがあるにも関わらず、「こういうものだよね。自分は十分恵まれている」という風に考え、置かれている環境に適合し、「感じている不」を見ないようにしている自分に気づきました。
 しかし、イノベーションを促進するメンタリティは、「現状維持ではなく、より良い未来を構想し、実現に向けてアクションをとる」ということだと理解した今、これは”言うは易し、行うは難し”だなと痛感しています。「子連れ授業」プロトタイプを実施した際の「モヤモヤ感」や「一歩踏み出した勇気の感覚」はこのメンタリティに非常に近いと考えているので、今後も忘れないようにしたいです。これは、授業で触れていた、「“知の深化“だけでなく、“知の探索”も行う」ことに、感覚的には近いのかなとも思います。

自走する”Learning Community”の素晴らしさ
 さらに、今回の取り組みの背景には、”Learning Community”における「ピア(仲間)の理解を深める」も、意図としてあったのかもしれません。実際に、「子連れ授業」後に、山口さんから「自分はまだ子供がいないが、今回の授業を通じて、育児中の人がどんな環境に置かれていて、自分が接する上でどう気をつければいいのか、実際に近くで触れることで解像度が高まった(他者を観察&支援する動機を得た)」という嬉しいフィードバックを頂くことができました。
 また、この授業での”Learning Community”が特にうまくいっている理由には、「失敗してもいい」という心理的安全性が十分に確保されるよう初回の授業から徹底して工夫がなされていたことと、”Community Norm(規範)”がしっかりと定められていて、   Community内の価値観として全員で共有できていたことがポイントだと思います。
 そのようなCommunityは非常に居心地がよく、構成員の相互理解が進み、能動的に声をかけやすくなって、「学び合いの効率性」が高まっていくことも実感できました。以前は「勉強」というと、一人で机と向き合って黙々と鍛錬するようなイメージが、私は強かったのですが、”Learning Community”を通じた「学習」ならではの、周りの力を巻き込んで、お互いに助け合う互恵性の威力を感じることができました。まさに「生徒も一緒になって授業を作り上げる感覚」を貴重にも得ることができたのです。
ちなみに余談ですが、本授業での”Community Norm(規範)”では、「”Equity, Diversity, Inclusion, and Belonging”の尊重」が掲げられており、今回の「子連れ授業」は非常に相性の良いテーマでした。

「子連れ授業」プロトタイプ後に起きた貴重な変化
 非常にシンプルですが、以前よりも、キャンパス内をベビーカーで歩く方をお見かけする機会が増えたように思います。今回のプロトタイプ授業がきっかけとなって、効果が周りに波及することで、遠くない未来には、早稲田大学のキャンパス内をベビーカーを押して歩く姿を目にすることが、「珍しいこと」ではなく、「日常」になる日が来るかもしれません。想像するだけでワクワクしますよね。
 そして、今回の取り組みを通じて、「今までさほど気づいていなかった潜在的なニーズ」の兆しが見つかり、プロトタイプという”前例”ができたことで、「いざという時には子供を授業に連れてこられる」という選択肢や空気感を醸成できたように思います。まさに、イノベーションを生み出すための一連の流れを経験できました。

講義全体からの学び
 さらに、「子連れ授業」に絞らず、講義全体からの学びについても紹介したいと思います。私は本授業を通じて「学び方を教わった」と思います。特に、「失敗との付き合い方」を学べました。
 初回の授業で牧先生が「AI時代の21世紀的な学び方を学ぶ」「MBAは人生で最後に学び方を変える場」とおっしゃっていましたが、講義を通じて、実現することができました。大人になるにつれて「失敗できない」という気持ちが無意識に強くなっていたことに気づくと同時に、早期に「失敗をしてもいい」という心理的安全性のあるCommunityを築き、結果ではなくプロセスを評価することの重要性、また、失敗を繰り返しながらPDCAを回すことが、誰にも追いつかれないくらいの成長の実現につながることについて学びました(Booking.comやその他のケースを通じて)。まさにイノベーションを起こすための「メンタリティ」「仕組みづくり」「組織の在り方」だと思います。「勝手に限界を決めないで、荒削りでも一歩を踏み出したこと(=失敗とうまく付き合っていくこと)」で、こんなにも変化を起こせるんだという気づきが、今回の授業の最大の学びとなりました。

今後にどう活かしていくか
 今回取り組んだ「子連れ授業」のプロトタイプですが、本授業に限らず、牧先生の授業を来年も受講して(あるいはTAを担当させ て頂くなどして)、荒削りだった部分をさらにブラッシュアップをしていけると嬉しいな、と思っています。具体的には、月齢2ヶ月での参加は少し早かったかもしれませんが、「もう少し大きくなったタイミングで、実行してみるとどう変わるのか?」なども気になっていて、もし一緒に実験をさせて頂けるなら、それはとても楽しみだなと思います。
 そして、今回習得した「メンタリティ」「仕組みづくり」「組織の在り方」については、自分の職場でも生かしていきたいです。授業で経験できた”Learning Community”を、そのまま職場コミュニティに移植し、チーム内に実装していくことは、現実世界ではなかなか難しいかもしれませんが、間違いなくイノベーションを促進してくれるポイントになってくると思うので、仮説としてうまく取り入れてみたいと思っています。
 また、「育児と仕事の両立をしやすい環境づくり」に関わる取り組みも、きっかけを見つけて、並行して実践を深めていきたいなと考えています。Diversity&Inclusionが叫ばれて久しい昨今ではあるものの、実装に様々な課題がある中で、今回のドラスティックなアプローチのように、やり方を変えながら試行をすることは意義が大きいと思います。ここでも、「Communityメンバー全員が真剣に考えて取り組む場づくりから始めていくこと」は、非常に心強い足場を作ることにつながりますし、もちろん大きな変化につながるパワーを秘めていると思います。

謝辞
 最後に、今回このような機会を作ってくださった牧先生、サポートいただいたTAの辻さん、瀬戸口さん、一緒にチャレンジしてくれた池田さん、暖かくプロトタイプを授業という場で実験してくれた受講生のみなさん、チャレンジをサポートしてくれた夫に改めて、感謝し申し上げます。

 また、妊娠中にも関わらず、早稲田ビジネススクール(WBS)の入学の後押しになったのは、このSTE Relay Columnを通じて、すでに在学中に妊娠・出産を経験された畝村さんの記事を見つけたことがきっかけでした。今回、このような形で自分も経験を還元できる循環に入れたことを、非常にありがたく、そして嬉しく思います。残り1年の大学院生活も育児と勉学の両立に向けて、一層、励んでいきたいと思います。


次回の更新は1月20日(金)に行います。