[ STE Relay Column : Narratives 183]
東 治臣「R&Dから事業化の体験と重なるL2Mへの想い」

東 治臣 / 早稲田大学経営管理研究科

[プロフィール]東京電機大学大学院の画像処理研究室で学んだ後に、富士フイルムグループ4社にてソフトウェアエンジニアとして画像処理系R&Dや大規模アジャイル開発プロジェクト等を経験。リコーではマネージャとして新規事業開発室の立ち上げに参画して、リーンスタートアップやデザイン思考を実践した社内起業組織のCEOも担当して製品化を実現。リコー中央研究所ではゼロから立ち上げた工作機械の故障予兆システムR&Dのソフトウェアチームをリード、後に製品化。本田技術研究所ではロボティクス領域のソフトウェアプラットフォームの企画・戦略立案を行うとともに開発責任者及び4つのスクラムチームをプロダクトオーナーとしてリード。Hondaとして初めてロボティクス領域のソフトウェアコンセプトを対外発表(CES 2019)。また、研究成果を公開してロボットのOSSコミュニティに貢献。30件以上の特許を出願。現職のAWSでは2020年よりエンタープライズ企業の新規事業創出に伴走するInnovation Advisoryとしてコンサルティング業務に従事。2022年にWBS入学。

■偶然的で必然的なきっかけ
私が牧さんを知ったきっかけは3つあります。1つ目は、WBS教員の中でイノベーションやアントレプレナー系を担当されている教員をWebで検索して牧さんを知りました。2つ目は、WBS入学前に閲覧した「WBS 22年4月入学者向け教員座談会」で教員の菅野さん、斉藤さん、牧さんがCOVID時代の学びの変化やビジネススクールにおけるラーニングコミュニティに関する議論を行っているYouTube動画です。3つ目は、本田技術研究所時代に大変お世話になった坂上義秋さんと会食した際に「早稲田には牧さんって面白い先生がいるよね」とお話を頂いたことでした。これらの3つのきっかけから牧さんに抱いた印象は「情熱的で行動力があり面白い人」でした。そして、実際に牧さんと対面で会食をご一緒させて頂いた際に、牧さんご自身が「僕は科学技術にフォーカスした定量的で論理的な授業を行っているけど、僕自身のパーソナリティとして結局は定性的な観点が7割くらいを占めているよ」とおっしゃっており、客観的に他の方のSTE Relay Columnを読んでも分かる通り、とても人間味のある方だと感じたことを覚えています。そして、本STE Relay Columnを知るきっかけになった講義として、私は2022年夏Qの「Lab to Market: 科学技術の商業化と科学的思考法(以下L2M)」を履修しました。振り返ってみて、これらの接点は偶然的なところもあれば、必然的な運命を感じるところもあります。私はそもそも「ソフトウェアで世界を変えたい」という思いを持って、日々を過ごしていますが、それを実現するための課題感として、ソフトウェアで世界を変えるためにはテクノロジーだけではなく人々の役に立つ形でのビジネス化する必要があり、ビジネスで差別化を行い多くの人に選んでもらうためには昨今の時代においてテクノロジーの活用が欠かせないと考えています。私のキャリアとしても新規R&Dや新規事業創出などの活動を通して、”テクノロジー”や”ビジネス”や”デザイン思考”などに興味を持って過ごしてきた日々が、結果として牧さんに出会い、L2Mを体験して、本STE Relay Columnを寄稿することに繋がっていったと思います。

■科学技術の商業化と科学的思考法への個人的な想い
私は「新しいこと」が好きです。ワクワクするからです。生きていることを感じることが明日への活力になり生きる力になります。そして、その「新しいこと」が人の役に立つことで自分がなぜこの世に存在しているのかの意味を教えてくれます。人類が後世に渡って繁栄して文明を築いていくことを願っています。特に子どもが生まれてから今の自分や時代だけでなく他人や未来の幸せを願うようになりました。そのような「新しいこと」で「人の役に立ちたい」という存在意義から、科学技術(テクノロジー)を商業化(ビジネス化)することを人の心や行動にフォーカスして科学的思考法で解き明かしていく(実験をしていく)ことを、社会に出てキャリアをスタートさせたときから実践してきました。改めて私のキャリアは、企業の中で新規R&Dを行う組織やプロジェクトを成功させた後に、どのようにビジネスを実践する事業部にR&D成果を渡して、ビジネス成果に変換していけばいいか、をトライ&エラーしてきたキャリアであると言えます。顧客起点でどのような価値があるのか、製品の機能としてどのようなテクノロジーで実現できるのか、を検証しただけでは、企業の中で製品化を行うことはできません。経営者を始めとした事業部門や営業部門や法務部門や運用部門など様々な社内のステークホルダーを説得して共感してもらい、仲間になってもらい、行動を起こしてもらう必要があります。社内でヒト・モノ・カネを調達して、組織やプロジェクトに仕立て上げてビジョンやパーパスを示し、チームメンバーの意識付けや教育を行い、ありとあらゆることに目を向けながら、スプリントやイテレーションを回していく必要があります。研究所で生まれるR&D成果を人の役に立つ価値に変換・翻訳する商業化という行為には様々な難所が待ち構えています(2022年夏QグローバルM&Aマネジメントの平野さんの言葉を借りると”いたるところにワニ(難所)が潜んでいます”)。牧さんのL2Mを履修した想いとしては、私が実務(産業側)の現場でトライ&エラーしてきたことを、牧さんが理論(アカデミック側)の観点からどのような悩みを持ち、どのようなトライ&エラーを行い、今まさにどのようなアクションを行われているのかを目の当たりにしたいという気持ちがありました。個人的にはL2Mの中で最も影響を受けた講義は、最終発表会の前の週の講義で牧さんがL2Mにどのような想いを持って運営されているのかをお話頂いたことです(もちろんQuicklookなど技術評価ツールも有用でしたが)。L2M講義は実践的なところもあり、どの回も情熱的な授業で活発な意見交換があり盛り上がるのですが、なかでも牧さんの想いの回ではとても目を輝かせてお話を頂いていた印象があります。牧さんは2000年の初期の頃からアントレプレナーのエコシステムの構築に関わる経験をされており、その後の渡米やサイエンスとアントレプレナーにフォーカスした様々な活動とキャリア形成の考え方が、個人的には理論や実践が融合した「新しいこと」としてワクワクして共感しました。また、多くの人や組織を巻き込んだエコシステムを構築されていることは本当に素晴らしく人の役に立つことを実践されていると感動しました。私にとってのL2Mを通した本質的な学びの根幹は、牧さんのキャリアとそこからL2Mが生まれた背景の想いの共感にあったと思った瞬間でした。

■学びを活かす
L2Mを通して、学び方を学ぶという意味で、牧さんがサイエンスとアントレプレナーのキャリアを走られていることとその経緯・背景を知ることができたことは、私がWBSに限らずこれからの未来といいますか、明日の過ごし方を考える上で、とても良い考え方のモデルケースを示して頂けたと想います。自分自身が好きなことにしっかりと軸足を置いた上で、自分だけではたどり着けない環境に周囲のサポートを受けながらも身をおいて、新たなチャレンジを乗り越えることで自分の成長が周囲にどのような影響を与えるかも考えた上で、次にどのようなアクションを行っていくべきか、本音に素直に向き合ってキャリアを形成されているというように理解しました。私自身もL2Mといいますか、企業のR&DをどのようにMarketリリースしていくかをトライ&エラーしてきました。そして、それを継続的に行うためのエコシステム構築の方法に関しても、一つの企業の枠を超えたオープンイノベーションや関連コミュニティとの関わりを持つための仕組みづくりにトライしたり、現在はコンサルタントとしての多業界との関わりを持ったり、より良い方法や異なる方法を見出そうとしています。まだまだ個人の実践ベースの暗黙知の中で体系的に整理できていないことが多いため、今後のWBSのゼミ活動などの中で形式知化できると良いと思っています。

毎授業の度に「今まで授業で学んだことで実務・日常生活に活かしたことはありますか?」と問われます。

改めて、L2Mを通した学びの実践として3つあります。1つ目は、L2Mを通した内省(リフレクション)としてSTE Relay Columnに寄稿することを決めました。コラム自体は1ヶ月以内を目標に執筆することを行いました。2つ目は、日々のコンサルティングの仕事の中でL2Mに限らずWBS全体で学んだことを実践するようにしています。3つ目は、WBSでのリレーションを活かして、未来に向けて科学技術をどのように商業化すべきかを考えて議論するために、早稲田大学ベンチャーズの太田裕朗さんに個別にお時間を頂いているところです。

また、牧さんが取り組まれている大きなエコシステムの構築に、今後、科学技術を商業化する観点から貢献できるような接点や機会を持てると、個人的にも「新しいこと」であり、きっとワクワクした実務・日常生活になると期待しております。そのような未来になるようにこれからもBias for Actionで行動あるのみと考えています。

末筆ですが、本機会をご提供頂いた牧さん、秘書の石井さん、講義の中でサポートを頂いたTA葛西信太郎さん、谷口尚史さん、辻紗都子さん、L2Mを同じグループで活動させて頂いた小泉領雄南さん、川崎太樹さん、岸上真代さん及び履修参加者と関係者の皆様にこの場を借りて感謝申し上げます。ありがとうございました。


次回の更新は10月7日(金)に行います。