[ STE Relay Column : Narratives 159]
有田 美穂 「この不平等な世界の片隅で」

有田 美穂 / 早稲田大学大学院 経営管理研究科

[プロフィール] 北海道札幌市出身。北海道大学経済学部卒業後、2007年に三菱商事株式会社に入社。エネルギー事業グループに配属され、原油トレーディングや天然ガスの権益ビジネスに従事する。新規事業としてバイオ燃料製造プロジェクトに取り組んだことをきっかけに、バイオ分野の面白さに取りつかれ、2021年に、同プロジェクトのパートナーであった株式会社ちとせ研究所に転職。同年4月にWBS(夜間主プロ)に入学。長谷川ゼミに所属している。

 牧先生のTOMは面白いけど、進め方が独特で、課題が大変なんだって。という先輩諸兄のフィードバックを思い出しながら、若干怯えつつ教室に入った第1回から2か月、あっという間に秋クオーターが終わり、そこから更に2か月が経ちました。授業が終わって最初に思ったことは「牧先生は、来年のTOMではどんな新しいことにチャレンジするんだろう」で、今思うことは「もう一度、同じ仲間で、その授業を受けてみたい」です。それ程楽しく、心揺さぶられ、考えさせられた時間でした。なので、この気持ちを残したくて、また誰かの役に立てばと思い、コラムを書くことにしたのですが、内容が一向に纏まりません。
 沢山の事例と概念とフレームワーク。色とりどりのイノベーションの起こし方。それらを自分なりに活かすことの重要性。『圧倒的な正解』がない問に対峙して自分の価値判断を持つことの大切さ。授業の肝は沢山ありましたが、今振り返ると、TOMの全ての時間は、この不平等な世界の片隅で、私たちは人としてどのような姿勢でどう働き、どう生きていくのかという、牧先生から学生たちへの問いかけだったように思います。
 TOMのシラバスには“本授業は「イノベーションのマネジメント」に関する授業である。”と書かれていましたが、もう一つ、”イノベーションは誰のものか?”というテーマが常に背後に隠れていました。とある回のとあるケースでは、最先端の研究結果を活用した医薬品を製造する企業の話を扱いました。その薬は当然高価なもので、誰もが簡単に買えるわけではありません。適正な価格を払える裕福な国と人々だけが成果を享受していいのか。貧しい国や人々に届けるために、知財を盗むことは許されるのか。何があっても泥棒は良くないと、死んでいく子供たちの前でも言えるか。お行儀良く生きられること自体が、裕福な国に生まれた特権ではないのか。学生の間でも意見が割れ、授業の中でも明確な答えは示されませんでした。私自身、いまだ悩んだままですが、ふと、これは薬だけでなく、MBAの話であり、TOMの話でもあるのではと思ったのです。イノベーションも、それを生み出すためのデザイン思考などの様々なフレームワークも、人類の英知の結晶です。人間が長い時間を掛けて積み重ねた成功と失敗という高いコストを払って生み出された、社会と人生を豊かにする薬です。この高価な薬を知り、学ぶ機会は、現在、全ての人には与えられていない。幸運にもMBAという場所で、TOMを通じてそれらに触れた私たちは、イノベーションの知識を知的ゲームに矮小化してはいけないし、豊かな一部で独占するようなこともしてはいけない。遍く人々が恩恵を受けられるように、社会の夫々が置かれた場所で、意識的に広げていく義務があります。学んだことを日々考え、さらに学び、実行し続けることで、初めてTOMは完成するのだと思います。
 ここまでなんとか纏め、書きましたが、私の思考はいまだ未整理で、なんだか椅子の座り心地も悪く、やらなければいけないことを始める準備はまだできていません。そして、これもTOMで学んだことですが、これはまさに、ことを始めるのにふさわしい状況ということです。どういうこと?と思った方はぜひ、TOMを受けてみてください。楽ではないし、内職もできませんが、人生のフレームを見なおす体験ができます。自信をもってお薦めします。


次回の更新は1月28日(金)に行います。