[ STE Relay Column : Narratives 086]
 高須 正和 「デジタル時代のMBAと研究者」

高須 正和 / 株式会社スイッチサイエンスほか

[プロフィール]無駄に元気な、Makeイベント大好きおじさん。DIYイベントMaker Faireのアジア版に、世界でいちばん多く参加している。
日本と世界のMakerムーブメントをつなげることに関心があり、日本のDIYカルチャーを海外に伝える『ニコ技輸出プロジェクト』や『ニコ技深圳交流会』の発起人。MakerFaire 深圳(中国)、MakerFaire シンガポールなどの運営に携わる。現在、Maker向けツールの開発/販売をしている株式会社スイッチサイエンスのGlobal Business Developmentとして、中国深圳をベースに世界の様々なMaker Faireに参加。
インターネットの社会実装事例を研究する「インターネットプラス研究所」の副所長を務める。
著書「メイカーズのエコシステム」「世界ハッカースペースガイド」訳書「ハードウェアハッカー」ほかWeb連載など多数、詳細は以下:
https://medium.com/@tks/takasu-profile-c50feee078ac

昨年度から講義「深圳の産業集積とマスイノベーション」を担当させてもらって、今年は2年目になります。
今に至るまで一貫したテーマは、
・情報化、デジタル、インターネットの価値をきちんと理解しよう
・正解のないイノベーション。失敗が多いことを前提にしたマネージメントを考えよう
です。
今は、喫茶店を開くのでも「ソーシャルメディアで話題になるには」を考える時代です。どのようなビジネスを手がけるにしても、それに向いたソフトウェアとハードウェアを開発する時代です。コンピュータ製造業のAppleだけではなく、流通業のAmazonやツァイニャオも、タクシーのUberも宿泊のAirbnbも、業務としてはソフトウェアを書いていて、インターネット上のサービスをもとに現実世界の価値(荷物を運ぶなど)を提供しています。
ほとんどのビジネスの価値がソフトウェアで行われることになったことで、業界の垣根は意味がなくなり、社会は別の構造になっています。たとえば出版社のライバルは他の出版社ではなく、Instagramなのかもしれません。

IoT,ハードウェア知識の民主化
人間は物理的な存在で、食べ物も移動も物理的なものを必要とします。なのでハードウェアは今も重要なビジネス要素ですが、それはインターネットから降りてくることで意味があります。
また、製造業が身近でなくなった日本では、「モノを作る」ということが非常に遠くなってしまいました。
授業のテーマである深圳は、デジタルを背景にしたモノ作りという点と、モノを作ることが身近であるという点の2つで、多くの業種にとって大きなヒントとなっています。講義では「深圳にあって他に見つけづらいもの」について多くの時間を使い、様々な事例を挙げました。
また、インターネットを背景にしたハードウェアはすべてIoTで、すべてのIoTはコンピュータです。コンピュータがどういうもので、どう進化してきて今の課題が何なのか、そうしたコンピュータサイエンスはどの産業でも重要度を増しています。ゲスト講義をいただいた秋田純一教授のレクチャーは、コンピュータとは何かに踏み込んでくれるものでした。

失敗が多いことを前提にしたイノベーションのマネージメント
同じくゲスト講義をお願いしたJie Qi(東大/MITメディアラボ), 井内育生(リコー),金本茂(スイッチサイエンス)/小室真紀(スイッチエデュケーション)の各氏は、それぞれの立場から「新しいことをする(イノベーション)」をすることの取り組みと難しさを伝えてくれるものでした。それぞれが強いコンパスを持ち、不確定な要素が大きい課題に、手を動かして細かい試行錯誤を続けながら前進していく。
先進国での今の仕事は、そうした研究開発の要素が強いものに変わっていると思います。
そこでは異なる専門性が集まって共通の問題に対処するコミュニティ作りが重要で、コミュニティを作るためには何らかの方法でオープンである必要があります。昨年も今年も、ほとんどの講義を録画公開しているのは、そうしたオープンさがこの講義に必要だと考えているからです。
ここから講義の内容を確認することができます。

僕にとっての講義の意味
僕自身は2014年にテクノロジー愛好家を中心に中国広東省の深圳でNico-Tech Shenzhenコミュニティを立ち上げ、以後、経済研究者・投資家・起業家、そして中国側のインキュベータなどが参加する、複数の専門性が共同して問題を解くコミュニティとして活動しています。
この講義全体は、僕にとっては Nico-Tech Shenzhen (ニコ技深圳コミュニティ) の活動の中で、かなり重要で楽しみにしているものです。
なぜか。講義では、25–40歳ぐらいまでのMBAコースの社会人の皆さんと、マスイノベーションという共通するテーマで90分*15コマの講義+ディスカッションをやります。70%ぐらいは僕やゲスト講師が喋り続ける時間なのですが、マスイノベーション,プロトタイピング,オープンイノベーションなどの、共通するテーマで様々な例を挙げて講義をしていると、通常の講演よりも多様な質問が来ます。皆、講義の内容について腹落ちし、自分のモノにできる、体系化された納得感を求めています。実験ができるような技術系の学科ほどガッチリはしていませんが、それでもこれは学問です。
その納得感の追求、お互いが同意できる正しさへの追求のようなものは、アカデミア以外では、あまりないものです。同じ深圳ネタを書いているTwitterアカウント同志、とかでも、目的が違うのでできず、つまんないマウント争いみたいになることが多い。学者が相手の時は違います。つまりそれがアカデミアの価値だと思います。同じく、多くはビジネスマンである学生の皆さんにとっての講義の価値もそこにあります。

僕の本業であるビジネス開発だと、利益を生んだものが正義です。あまり納得感は関係ないし、扱ったものが売れるといつのまにかそれが大好きになります。
もう一つ僕がやっている原稿書きは、たくさん読まれてシェアされるようなものを書くのがゴールで、納得感はそこまで関係ない。講演で、ビジネス目的の人が多くなると質問が具体的になって講義に近くなるし、実際にプロジェクトが生まれることもありますが、どちらかというと原稿書きも講演もメイカーズ教のエヴァンジェリストとしての、布教活動に近いものです。
ニコ技深圳コミュニティでの活動は実際にイノベーションを起こすことであり、商売や布教のネタを見つけることでもあるのですが、Researchとしては「現象を複数の専門家の力で読み解くこと」です。しかし、僕が理解したところまでではまだ前半で、この講義を通じて多くの人が納得でき、僕自身か受講者が論文を書くようになって、初めて何らかの形で体系化されたといえます。今年は実際に深圳でベンチャーをしている中国人の学生も何名かいます。彼らから見て、僕たちニコ技深圳コミュニティで発見したものが、「なるほど、これが深圳のマスイノベーションか」と言えれば、それは体系化されたものとして、一種の普遍性を帯びます。仮に僕が興味をなくしても、ニコ技深圳コミュニティがなくなっても、誰かが研究を前に進めてくれるでしょう。
今回の講義には14名の学生たちに参加していただきました。やりとりから僕が学んだことはとても多く、それは今後の活動にフィードバックされていきます。どうもありがとうございました。
 


次回の更新は4月10日(金)に行います。